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 いつからだろう、玲奈を見る悠人の目に男の色が(ひそ)むようになったのは。わりと早い段階だった気がする。もしかしたら最初にバーで会ったときからそうだったのかもしれない。
「事務所で使ってるビジネスホテルだ。一週間とったからな」
 ピコンとメッセージが届く。ホテルの名前と場所だ。
「ありがとう」
 悠人の気持は正直なところ、うれしいにはうれしいのだ。悠人の才能はとてもまぶしい。あふれるデザインを確実に形に変えていく。悠人の繊細な指先が、服を作りだしていくのを見るのが好きだ。
 すでに完成されたはずの服に、さらに一筋ハサミを入れる。ほんの一センチ縫い詰める。それだけでまったく違うシルエットが生みだされる。最初に見たとき、この人は魔法を使ったのだと思った。首にかけたメジャー、はさみ、定規、シャープペンシル、待ち針ですら悠人を彩るアイテムとして輝きを放つ。
 その光景は、よくできたミュージックビデオのように玲奈の心に深く刻まれる。
 だから、くだらない痴情のもつれに悠人をまきこんではだめだ。その創作を乱したくない。
 玲奈は悠人にむかって流れていく感情を必死でせき止める。めいっぱい両手を広げて、両足でふんばって押しとどめる。自分の中から一滴の感情ももらさずに、愛だの恋だのとは無縁で生きていこうと決めた。

「仕事で一週間泊りになった」
 陽介は玲奈からのメッセージを受け取った。
 本当に仕事だろうか。まさか男じゃないだろうな。自分がいえた立場ではないが。だいたい、ここ数か月の玲奈は謎だらけだ。転職したといったとたん、やけに派手になった。いつも真っ赤なネイルをしている。それにハイヒール。あんなのを履いているのははじめて見た。マンションを出ていくのをベランダから(のぞ)き見た。あんな歩き方してたっけか。コツコツとヒールを鳴らして歩く姿はまるでモデルのようだった。
 風呂上りにはやたらいいにおいのするボディクリームだかなんだかを体中にぬっている。容器が高級そうだ。手にとってみたけれど、聞いたことのないメーカーのだった。一度アヤカがそれをぬろうとしたが、あわててやめさせた。玲奈の匂いは玲奈の匂いだ。アヤカにはつけさせない。
 それから食事。自分の分が用意されていないのはしょうがない。あきらめている。けれど玲奈が食べているのはなんだ。ゆでた鶏肉だのゆで卵だの、スムージーだの。あげくにプロテインをごくごくと飲んでいる。アスリートなのか? 転職先はどこだと聞いても、アパレルの広報だとしかいわない。なぜアパレルの広報がアスリートみたいな食事をするのだ。
 気になって仕方がないが、口を閉ざす玲奈に強くはいえない。いったいなにをしているのだ。なぜ秘密を持つ。ひとこと、アヤカと別れて戻ってきてといえばいいのに。そうしたらアヤカなんかさっさと捨てて帰ってくるのに。
 正直、アヤカは調子に乗りすぎだ。呆れている。口車に乗って家にあげたのがまずかった。ますます玲奈はかたくなになってしまった。
 一週間玲奈が留守なのはだまっておこう。陽介はそう思った。
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