文字数 1,242文字


「この前ね」
 玲奈は続ける。
「終電で帰ってきた日に、ジャケットを脱いだ拍子にポケットからピンクのヘアゴムが落ちたの」
「うわー、絶対わざと入れたよね」
「うん、あわててそれを拾おうとしゃがんで手をのばしたから」
「うん」
「その手を踏んで」
「ええ?」
証拠隠滅(しょうこいんめつ)に地べたを()いずるってどうなの?っていってやった」
「それさ、逆効果じゃない?」
「やっぱり?なんかムカついてさ。廊下で女子社員とぶつかって、ポケットの中ぶちまけたからそのとき混ざったんだっていってたけど、そんなわけないよね」
「それは嘘でしょうけど」
「なんか、そこから開き直った気がするんだよね」
 終電の回数が週三になった。土日も仕事だと出かけるようになった。
 インスタのアカウントをたどって、相手の女を特定した。匂わせ写真だらけだった。陽介の腕時計やネクタイ、結婚指輪をした左手まで写っていた。
 陽介のツイッターの裏アカも特定した。特定するのは得意だ。いわゆる特定班。二人のイチャイチャをカギもかけずにさらしていた。終電で帰った日、週末出張といって泊りに行った日が一致していた。三十になる男がなんてみっともないと、玲奈はひどくがっかりしたのだ。
もう黙っているわけにはいかないと、興信所に浮気調査を依頼した。調査はあっけなく終わった。
「隠そうともしてませんよ。堂々と会っています。会社にも知られてるし、相手の女にいたっては言いふらしてますよ。たちが悪いですね」
 玲奈は、バカなのかと呆れた。

 玲奈はスマホのアルバムから、一枚の女の写真を佳奈に見せた。
「うわあ、こんなのにひっかかったんだ」
 写っていたのは、明るい茶色の髪をふわふわと巻いて、パステルカラーのニットを着たいかにもなかんじの若い女だった。
 会社の昼休みに興信所が盗み撮りしたものだ。調査結果によって、相手の女の名前、住所、勤務先がわかった。年齢は二十四才。いわゆるゆるふわ系。上目遣いで、えー、わかんなぁい、とか甘ったるい声でいいそうな女だ。
 興信所からもらった写真には、駅前で待ち合わせたり、スーパーで買い物をしたり、表参道あたりを手をつないで歩く姿があった。そしていっしょにマンションへ入っていく後ろ姿。
 正直これらを見せられたとき、裏切られた悲しみよりもだらしない顔でへらへらしている陽介に嫌悪感を抱いたのだ。
 この人、こんなにみっともない人だったろうか。自分といっしょにいたときには、とてもすてきな笑顔だと思っていたのに。
 熱がすうっと引いていくのを感じてしまった。
 ああ、わたし陽介のことそれほど好きじゃなかったのか、ほだされていたのか、と思った。
「これで慰謝料請求できますよ」
 調査員は見透かしたようにいった。

「ねえ、わたしってなんだろう。バカにされてるのかな」
 玲奈がつぶやく。
「炊事、洗濯、掃除して。まるで家政婦じゃない。ただ働きの!セックスつきの!今は拒否してますけどね」
 佳奈は、はあっと大きなため息をついた。
「だからあれほど、ほだされるなといったのに」
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