こんなに追いつめているとは思わなかったんだ 1

文字数 1,519文字

  

 .futureは一躍大人気ブランドに躍り出た。アクセス数も売り上げもうなぎ上りである。まさに破竹の勢いだ。
 悠人もEVEも今や人気モデルに名を連ねる。玲奈は見えない努力がはっきりとした形を伴ってあらわれてとても満足していた。結果が目に見えるのは気持ちがいい。いまややりがいすら感じる。ともするとファイナンシャルプランナーなど忘れてしまいそうだった。
 かたや悠人はデザイナー兼モデルということでカリスマ的な人気を誇る。SNS上には複数のbotが存在する。事務所の入るマンション前には出待ちのファンがならぶほどだ。
「やばいな。ストーカーがあらわれるかもしれない。玲奈も危ないな」
 寄せられる苦情に苦慮した涼太郎は、とうとう警備員を手配した。常駐する警備員のおかげで、マンションの住人、通行人や通りがかりの車のじゃまをしていたファンは一掃された。
「ねえ、わたしも手一杯。人手増やして!」
 摩季も根を上げた。
「そうだな。もっと大きな物件探して、人も増やすか」
 涼太郎がそういった。そうせざるを得なかった。
 インスタのフォロワーも百万人をこえた。一日一枚写真がアップされるのだが、やはり人気は週一回アップされる悠人とEVEのツーショットだ。
 オフショットや、事務所の中で撮ったものだったりするのだが、撮影は摩季がほとんどである。最近はエスカレートしてやたら密着させたがる。
「キスしよう!」
 さすがにそういったときには、調子に乗りすぎ、とにらんでしまった。
「だって、いいねが伸びるんだもの」
 そんな演出が功を奏したのか、二人はリアルで恋人なのか論争が起こっているらしい。ネット上では賛否両論、白熱している。玲奈が既婚者だとバレたら相当まずい事態になる。パパラッチに追われないとも限らない。いままでは気楽に電車に乗っていたのが、そうもいかなくなって悠人も玲奈も移動はタクシーを使うことになった。
 そんなふうに以前とは一変した生活の中で、玲奈はあいかわらずソファで寝る日々が続いていた。
 疲労が蓄積していく。体ばかりでなく心までもが毒に侵食されていくようだ。仕事が終わって家に帰ると陽介の波状攻撃が襲ってくる。例の女の置きみやげも目に入る。気力をふりしぼって威勢をはる。
 気の休まる暇がない。ふう、とため息をついたのを悠人は見逃さなかった。悠人はしばらくこもっていたアトリエから出てきたところで、玲奈は領収書を整理していた。
「どうした。顔色悪いぞ」
「ああ、ちょっと寝不足かな」
「眠れないってことか?」
「……うん、ちゃんと横になれば寝れるんだろうけど」
「横になれないってどういうことだ」
「んんー」
「話せ」
「……ベッドで寝られればなあって」
 いってしまった。
「ベッドじゃなくてどこで寝てるんだ」
「……ソファで」
「はあ? なんで」
 やっぱりいうんじゃなかった。玲奈は少々後悔した。が、悠人が(のが)すはずもない。しかたなく今の状況を説明した。話しながらもまたキリッと胃が痛む。
「ベッドでは寝られない、か」
 悠人ははあ、とため息をついて額に手をやる。
「もう、その家出ろよ。それぐらいの稼ぎはあるだろう」
 今の玲奈には月の契約料のほかに、特別報酬が出ている。一人でマンションを借りて暮らすには十分だ。
「うん、考えてはいるんだけど」
「なにをためらう。だんなに未練があるのか」
「まさか」
 当の原因からいわれてもな、と玲奈は思った。
「とりあえず、ホテルとってやる。夜だけでもちゃんと休め」
「ありがとう」
 悠人はスマホを操作する。
「うちに来てもいいけどな」
 顔をあげずにいう。玲奈は、ははっと口先で笑いながらも、そういうところだよ、と思う。だって半分本気だもの。笑えない。
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