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 あわてて涼太郎が割って入った。
「うん、契約内容だよね。これは専属契約になるから、.futureの撮影にはすべて出てもらう。ワンショットと悠人とのツーショット。著作権は.futureに帰属する。映像はホームページ、パンフレット、シーズンごとのカタログ、あとは対外的なプロモーションに使われる。ここまでいいかな」
 玲奈は一度にいわれて、なんだかぼうっとして
「はあ」
 と気の抜けた返事をしてしまった。
「この契約書に全部書いてあるから、あとで読んでみて。それから、重要なのは身バレすると困るということ。ぜったいにきみがEVEだとバレないようにしたい。EVEは正体のわからないミステリアスな存在なんだ。プライベートは一切秘密だ。普段の生活でそこは気をつけてほしいんだよ。もちろんだんなにもだ。そこだいじょうぶ?」
「多少変わったところで、気づきもしないでしょうよ」
「バカだな。もったいない」
 悠人がぼそりといった。
「はは。気をつけるって、たとえばどのように?」
「帽子をかぶるとか、マスクをするとか。人混みは避けるとか」
「ああ、なるほど。あれっ。派遣はつづけちゃダメなの?」
「うん。それでギャラなんだけど、月二十万でどうだろう。手取りで二十万になるように調整するから。これなら派遣やめてもだいじょうぶじゃない?もちろんその都度見直しはしていくよ」
「ああ、それだけあったらいろいろなんとかなるかも。それと、契約期間はいつまで?」
「一年更新だよ」
 そういって涼太郎は悠人を見る。
「いつまで、というのは何才までということなら、ずっとだな」
 悠人が話を引き継いだ。
「ずっと?」
「ああ、じじいとばばあになるまでだ」
「ええ? そんなに?」
「イメージキャラクターを変えるわけにはいかないだろう。人間が年をとるように、服もアップデートしていくんだ。だから変わらない。もちろん必要に応じて若いモデルは起用するよ」
「それは年をとっても気は抜けないと」
「抜くな」
 ずいぶん壮大な話になってしまった。
 玲奈はどうだろうととなりの佳奈を見る。佳奈もそこまで先の長い話だとは思わなくて、むずかしい顔をしていた。
「今ここで決めろとはいわないよ。持ちかえってゆっくり契約書を読むといい。でもできるだけ早くいい返事がほしいな」
「そうですよね」
「モデルになるために、やることはたくさんあるんだ。まずジムに通ってボディメイク。エステ。審美歯科。モデルは全身脱毛が基本だよ。それからネイルケア。美容院。一か月後の撮影に間に合わせないといけない。あ、事務所の必要経費だから安心して」
「……そんなに」
 玲奈は呆然とする。ジムなどいったことがない。エステも結婚式の前に一回行っただけだ。脇と足は脱毛済みだが、それ以外は放置している。独身時代はネイルサロンには通っていた。ただ銀行員という職業柄、目立たない色にかぎられていた。結婚後はたまに自分で塗る程度。
 歯科は定期的に検診に通ってはいるが、審美とはどういうものだろう。
 不安になる玲奈に、涼太郎が声をかけた。
「だいじょうぶ。すぐに仕上がるよ。予約やスケジュールの調整はマネージャーの古田がやるから。今日は外に出てていないけど、あとで紹介するよ」
「だんな、見返すんだろ。いいチャンスだと思うぞ。ていうか、もうきみ以外では考えられないんだ。ぜひ、いや必ずたのむ!」
 悠人の目はもう玲奈にロックオンしている。
「はあ、検討いたします」
 いささか引き気味に玲奈と佳奈は事務所を後にした。
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