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 一週間かけて、ひととおりのローテーションを終えた。残っていた背中や腕の脱毛がはじまり、審美歯科ではホワイトニングがはじまった。歯並びがいいですね、とほめられ気分もよくなる。中学生の時に矯正したのがよかったようだ。虫歯治療の跡は、順次セラミックに変えていくらしい。
 全部でいくらかかるのだろう。自分で払うわけではないけれど心配になる。
 そしてすごくひさしぶりにネイルサロンに足を運んだ。ほったらかしだった手も足もきれいにケアされる。ささくれも甘皮も丁寧に処理されそれだけでテンションが上がる。
 さらにジェルネイルがほどこされた。どうやら基本は赤と決まっているようだ。リップに合わせているのだろう。あとはネイリストがアレンジしてくれる。赤なんてはじめてだからなんだか落ち着かないといった玲奈に気をつかって、中指にひとつだけストーンをおいてくれた。
 キラキラの指先に心も踊る。自分を飾るという長らく忘れていた感覚に自然と顔もほころぶ。
 ああ、もっと早く自分でやっておけばよかった。なんでやめたんだっけ。化粧品もドラッグストアで買ったいわゆるプチプラというやつ。結婚する前はデパコスも持っていたんだけどな。
 ああ、そうだ。仕事をやめたから陽介に気をつかったんだった。
 それなのに。

 そのころには、筋肉痛はすっかりおさまり、なおかつ体の変化も見てとれるようになった。
 まず腹筋。ぽよっとしたかんじがなくなりたてに線が入った。おしりも引き締まり少し小さくなった気がする。太ももと二の腕もだいぶキュッと締まった。
 風呂上り鏡の前で前も後ろも確認して、玲奈は満足げに笑みを浮かべた。こんなにもはっきりと成果があらわれるなら、努力のし甲斐があるというものだ。味気ない食事にも感謝できる。
 エステサロンでもらった(事務所が支払った)ボディクリームを念入りにぬりこむ。いい香りに包まれてさらに気分があがる。
 上機嫌でリビングにもどった玲奈は、一瞬で顔がこわばった。陽介がいつの間にか帰っていた。ふわふわと機嫌よさげな玲奈に陽介は眉をひそめた。
「ただいま」
「おかえり」
 すれちがいざま、陽介は玲奈の香りに気づいた。
「なんだ、この匂い」
「え? ああ、ボディクリームだけど」
「はあ? あっ、ネイル?」
「ひさしぶりにネイルサロンに行ったの」
「そんな真っ赤なんて、今までしたことないじゃないか」
「べつにいいでしょう。迷惑かけてるわけじゃないし」
「職場はいいのか、そんな派手で」
 むしろこれが仕事なんだけど、と思いながらも玲奈はいい放つ。
「転職したから」
 ピキッと陽介のこめかにに青筋が走った。
「はあ? 聞いてないよ。なにそれ」
「聞きたかった? 社会保険もちゃんと手続したからだいじょうぶよ」
「そんなことじゃなくて! なんで相談しないんだよ!」
 玲奈はたっぷりと時間をおいて冷たくいってやった。
「相談?」
 陽介はぐっとことばに詰まってしまった。ややあって、低い声で聞いてきた。あきらかに機嫌が悪い。
「どんな仕事だ」
「アパレル?」
「アパレルのなんだよ。ざっくりしすぎだろう」
「アパレルメーカーの広報」
 まちがってはいない。
「なんていうメーカーだ」
「小さいメーカーだから聞いてもわからないよ。早く食べたら?」
 夕食を続けるようにいって、玲奈は冷蔵庫からバナナ味の豆乳を出す。そのままソファにすわってテレビをつける。
 指輪には気づいただろうか。気づいても何もいえないのかもしれない。外した指輪は、クローゼットにおきっぱなしになっていた指輪のケースにしまっておいた。買ったときにもらったものだ。
 買ったときは幸せだったのにな。
 陽介はまだ機嫌悪く夕食を食べている。玲奈の反撃がはじまったことに漠然と気づいたのかもしれない。
 くだらない見栄だ。自分が家庭を放棄したくせに。
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