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文字数 1,467文字
撮影を終えて涼太郎は大量の荷物を積み込んだバンを運転していた。事務所に戻るのだ。スタジオを出てすぐだった。
「あ、玲奈」
助手席に座った悠人がつぶやいた。おりしも赤信号で車は止まる。悠人が見つめる窓の外、歩道の行列に玲奈はならんでいた。撮影が終わった時点で、一足先に玲奈のことは帰していたのだ。
「ラーメンかよ」
涼太郎は、ラーメン屋の行列に一人でならぶ玲奈に、くすりと笑った。
「トレーナーの許可がでたのかしらね」
後ろにすわっていた摩季が身をのりだした。
「今日はチートディじゃないのかな。それにしても、目立つな」
「そうね、目立つわ。とても」
ただでさえ背が高い。そのうえここ一か月でしぼり上げただけあって均整のとれた八頭身だ。ピンと伸びた背筋が
玲奈自身はイヤホンをしてスマホを見ているが、ならんでいる人はもちろん、通行人も振りかえる。
「まずいわね。気をつけるようにいわないと。本人自覚ないわよ。ねえ」
呼びかけられた悠人はあいかわらずぼうっと窓の外に顔をむけたままだ。返事がない。
「悠人?」
涼太郎の呼びかけにも返事がない。青信号に変わってアクセルを踏む。車が動きだして悠人はようやく前を向いた。
涼太郎はバックミラー越しに摩季と目があった。
これは、見とれていたのか?
摩季もそう思ったらしい。
いいのか。まずいのか。もちろん関係を持つようなことはアウトだ。離婚にむかっているとはいえ、今の時点では不倫だ。スキャンダルになってしまう。それどころか、せっかく切り札としてイメージキャラクターに起用したのに逆効果だ。ブランド自体のイメージが最悪になってしまう
ただ、その情熱を仕事にむけたら、いい効果を生みそうだ。伝えられない想いをありったけの熱量に変えて、創作に打ちこむだろう。
涼太郎は過去に一度、それを見ている。
悠人と涼太郎は中学高校の同級生だ。中学に入学したときから、気が合った。性格もタイプもまるでちがうのに、なぜか気が合うのだ。それ以来ずっとつきあいが続いている。
高校を卒業して、悠人はデザイナーを目指して服飾専門学校へ進学した。そこで彼女と出会ったのだ。
涼太郎が知るかぎり、悠人が心から愛したのは彼女一人だ。その前にも何人かつき合った彼女はいたけれど、高校生などしょせん子どもだ。つき合い方も思い入れもそれなりなのだ。
学生時代から数年続いた彼女とは、大人のつき合いだった。生活を共にしてプライベートのほとんどを彼女に費やした。
悠人は卒業してアパレルメーカーに就職した。デザイナーになるための修行である。涼太郎は、彼女がずっと悠人のパートナーでいるものと思っていた。
もちろん悠人もそのつもりだったと思う。
それが彼女は突然悠人をおいて、小笠原へ移住してしまった。どんな心変わりがあったのか、男がらみだったのか知る由もない。もともとアウトドア派だった彼女が、なぜそれほどまでに小笠原にとりつかれたのかもわからない。でもあっさりと悠人を捨ててしまった。
残された悠人はいつになっても呆然としたままだった。感情をなくしたように機械的に朝起きて会社に行き、仕事が終わったら家に帰る。放っておくと食事もしない。ふろにも入らない。電気もつけない暗い部屋で朝が来るのをただ待つだけ。
涼太郎が定期的に家に行って世話をした。日に日にやつれていく悠人をどうしたら救えるのか、必死に考えた。ここで独立させてみようかと思った。