文字数 1,644文字


「じつは別アカを作って彼女のインスタをフォローしたの」
「え!」
「いいねをつけて。懐柔計画同時進行その二、別アカには気をつけろ」
 みんな黙り込む。
「ほめちぎるコメントをのこして、そのうち煽っていく」
「不倫を?」
「そう。そうすれば別れ話されても簡単には受け入れないし、陽介も一方的に切るわけにはいかなくなるでしょ」
 玲奈はそういって、にっこりと笑った。
「そっか。じゃあわたしも別アカ作ってフォローしようかな。いっしょに煽ってあげる」
 摩季までそういいだす。
 玲奈の計算高さが発動されている。しかも恐ろしいほど緻密に、自分の夫と不倫相手を(ほふ)る計画をたてている。笑いながら。スライムに慣れ切ったあのだんななど、ひとたまりもないだろう。さらに今回のラスボス玲奈は摩季という優秀な参謀まで従えている。破壊力は倍増だ。
涼太郎は口をつぐんだまま、ちらりと悠人を見る。
(いいのか、こんな恐ろしい女)
 悠人も横目で涼太郎を見た。
(お、俺は不倫なんかしないから)
 たしかに女子二人は、キャッキャと楽しそうに不穏な計画を立てている。だが、ここまで自分が(ないがし)ろにされてもなお負けない、玲奈のその強さに惚れてしまったのも確かなのだ。
 最初に見かけたあのバーで、もし玲奈がただ夫の不貞を嘆いて、泣きごとをいうだけだったら見向きもしなかった。でも玲奈はその状況においても、強いまなざしで夫を踏み台にして上をめざそうとしていた。だから悠人は手を差しのべた。
 もしかしたら最初から惚れていたのかもな、そう思った。それならばなお、一人になった玲奈が二度と辛い思いをしないように、ずっとそばにいたいと強く強く思う。
「そのあとはどうする」
 涼太郎が聞いた。
「んー、とりあえずそこまでが懐柔計画の第一段階かな。そのあとはまた追々(おいおい)に」
 社をあげての企画会議の一回目が終わった。

 その日から計画は実行された。急に態度を変えるといぶかしがられるから、気をつけないといけない。
 いったん、離婚の話は引っこめる。さいわい陽介からその話を持ちだすことはない。朝出がけに、今日の夕食は用意しておくと伝えた。陽介はいっしゅん驚いたけれど、すぐに頬を緩ませて、早く帰るといって出ていった。
 ちょろいな、玲奈は閉まったドアにむかってふん、と鼻で笑った。
 翌日、仕事の合間に、きょうの帰りは何時ごろ、とラインを送った。七時には帰るとすぐに返信があった。よし。
 三日目の朝、きょうはカレーにするね、といって送り出した。カレーは陽介の大好物だ。ワインを買って、ほくほく顔で帰ってきた。
 こいつ、こんなに簡単だったかなと思う。夕食を食べ終わったころ、陽介のラインの着信が鳴った。陽介はちらり見ただけで返信をしない。立て続けに着信が鳴る。陽介の眉間にしわが寄る。
「返せば」
 といってやると、不機嫌そうにベランダに出ていった。ほう、あからさまに見せつけるのはやめたのか、と思う。
 翌朝、今日は二日目のカレーよ、といって送り出した。陽介はいってきますと、機嫌よく出ていった。
 今週一週間はこうやって陽介を封じ込めて、彼女を焦らせる。
 同時進行で彼女のインスタのチェックを怠らない。あんたのランチなど毛ほども興味はないが、と思いつついいねをつける。彼女のラインナップの半分はランチやスウィーツ、コスメなど。残りの半分は陽介との匂わせ写真。
「浅いな」
 思わずつぶやく。いいねの数は二十個ほど。ほとんど友だちだろう。匂わせ写真には、うらやましいだのすてきだののコメントがついている。本気でいってるわけじゃないだろうに、本人は真に受けているのがちゃんちゃらおかしい。
 今週はその匂わせがない。もちろん玲奈が陽介を封じているからだ。
「来週には泳がせるから待っててね」
 玲奈のニセアカはゲキカラタンタンメン。さらに新しくフォロワーになったのはピリカラキーマカレー。これは摩季だ。マキだからキーマか。いいかげんだな、しかもどちらかというと、あなたのほうが辛口ですよ、と玲奈は笑った。
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