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文字数 1,570文字



 撮影から三週間後、.futureの新作が一斉に公開された。EVEのお披露目である。
 まず、各ファッション誌の見開きの広告が注目を集めた。およそアパレルブランドらしくないモノクロの写真が人目をひき、ついで興味を持った人たちがホームページにアクセスした。アクセス数は過去最高を記録する。
 もちろん新作を心待ちにしていたもともとのファンも多数いる。
 そういった人々を含め、今までにない展開に注目が集まったのだ。
 さらにインスタグラムにも拍車がかかる。今までトルソーに着せた服と悠人だけだった投稿にEVEが加わった。とくに悠人とEVEのツーショットはいいねの数が倍増した。
 フォロワーも十万人を超えてさらに増え続けている。
 オンラインショップの注文も右肩上がりで、新作は一か月もしないうちにソールドアウトになり、再発注をかけた。
 打開策はみごとに成功した。

 一方玲奈はびくびくとして暮らす羽目なってしまった。これほどまでにEVEが注目されるとは思っていなかったから、内心ひどく驚いていた。外を歩いていても、電車に乗ってもバレるんじゃないかと気が気でないのだ。
 ハイヒールを履くと余計目立つので、ペタンコ靴にもどした。外出時にはマスクが必須である。
 似非(えせ)芸能人みたいでなんかやだな、などと思いつつ呼び出されて事務所にむかっている。
 エレベーターを降りてインターホンを押す。ドアを開けたのは摩季だった。
「おつかれさま。いろいろとお話があるのよ」
 リビングに入ると、悠人と涼太郎もそろっていた。
「EVE様のおなりだ」
 涼太郎がいった。茶化しているのだろうか。
「なんですか、それ」
「いやー、こんなに大当たりするとは思わなくてさ。ほんとにEVEさまさまだよ」
「お役に立ててよかったです」
「うん、外歩くの大変だよね」
「はい。似非芸能人にようですよ」
「ははっ。メイクしてなければバレないと思うけどね」
「なんか複雑だな。俺が作った服なのに注目されているのはきみだ」
 俺様のごきげんが(うるわ)しくないようだ。
「悠人が作った服だから、わたしが引き立つんじゃないですか」
「そうか? そうだな」
「それに悠人がすてきだからわたしにも注目が集まったんですよ」
「うん、ならいい」
「悠人の服を脱いだわたしなんて、ただの大女ですから」
「いや、きみも十分すてきだったよ」
 玲奈はにっこりと笑う。
 涼太郎は大いに気をもむ。悠人がおだてられたブタのようにするすると木をのぼっていく。なぜこの子はこんなに人をおだてるのがうまいのだ。悠人が簡単すぎるのか。摩季はにやにやしているが。
 気をよくした悠人はアトリエに引っ込んだ。
「そういうの勘違いされない?」
 涼太郎は疑問を口にした。
「どういうの?」
「その、ほめごろし?」
「ああ、機嫌の悪い上司はおだてるにかぎるのよ」
「ええ? あんなにほめて、好きになられたりしない?」
「まさか! いい大人だもの。あるわけない」
 あるわけないのはそっちだろう、と涼太郎の顔は渋くなる。
 たちが悪い。非常にたちが悪い。計算高さと無自覚が知恵の輪のように複雑に絡まっている。境界があいまいだ。
 もしかしたら自分たちが拾ったのはとんでもない魔女だったのでは。ラスボス一個前の中ボス。最初にバーで会ったときにそういわれていた。いや、これはラスボスだろう。生半可(なまはんか)な男には無理だ。すでに玲奈に気が向いている悠人はだいじょうぶだろうか。
 悠人がそういう感情を持つのは喜ばしいことではあるが、返り討ちにあわないように、気をつけてやらないと。
 レベルを九十九まであげて、ドラゴンシリーズでフル装備しなければ、くりだされるさまざまな攻撃に耐えられない。
 もしかしたらだんなが不倫に走ったのは、攻略の簡単なスライムを求めたからではなかろうか。
「……マホカンタ」
 思わず涼太郎はつぶやいた。
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