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文字数 745文字
悠人が玄関のすぐ横のドアを開けた。ついてはいると、まあなんというか、とても乱雑。
中央にL字にならべられた作業台。一台にはミシンを中心に、ハサミや定規や針山なんかが無造作に置かれていた。ハサミ、何丁あるんだろう。全部用途がちがうんだろうか。もう一台にはデザイン画が散乱している。床にも落ちている。
「いまは思いつくままに書きなぐっているところだ。あとから見直してまとめていくんだ」
「へえ、そんなふうに作っていくんですね」
「俺の場合はな。人によって作り方はちがうんだろうけど」
開けっ放しのクローゼットの中には、ロール状に巻かれた生地が何本か立てかけてある。それと試作品らしい服がたくさん吊り下げられていた。
壁際には男女一体づつのトルソー。そのトルソーにも製作途中らしい布がかかっていた。
「こうやって何回か仮縫いをして出来上がったものを、パタンナーに外注するんだ」
「パタンナー」
「この状態から型紙を起こす人だよ」
悠人は一着の服を広げて見せた。
「その型紙で縫製工場に発注するんだよ」
「へえー」
間抜けな返事しかできなかった。
洋服を作るなんて、考えたこともなかった。売っているものしか知らなかったから。考えてみたら、どの服だって誰かがデザインしてこんなふうに縫って作っているんだ。恐ろしいほど膨大な手間がかかっているんじゃないだろうか。
「すごい。ゼロから生みだすのね」
思わず口からこぼれると、悠人はパッと顔を輝かせた。
「うん、そうだ。はやく俺の服を着て見せてくれよ」
にっこりと笑っていう。
おいおい、これは自ら防衛線とやらを踏み越えてきていないか。天然なのだろうか。これでは摩季の努力も水泡に帰すというものだ。ちょっと摩季に同情してしまった。
「精進します」
とだけ答えてアトリエを出た。