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文字数 1,279文字



 悠人にしてみれば回復した玲奈の顔を見てだいぶ安堵はしたものの、自分の態度次第では再発するかもしれないと思えば、気安く話もできない。
 今までだって隠していたつもりだったのだ。玲奈になにか伝えようなど思ったこともなかった。玲奈が困るのはわかっていたから。
 余計なことをいったなと思わないこともなかったが、そんなにバレバレだったとは知らなかった。ただ玲奈がひどい目にあったり、つらい思いをすることが許せなかっただけなのだ。
 それにスタッフたちにもバレたな、という自覚もある。あの日涼太郎から電話が来るまでアトリエで悶々としていた。出血は止まり、いまは落ち着いて休んでいると聞いて、ようやくほっとしたものの、今度はおのれのやらかしたことに思い当たる。
 冷静になってみたら、誰が見ても玲奈への想いがまるわかりだ。バツが悪い。しかも玲奈の立場が微妙になってしまった。さいわい、玲奈が復帰するまで撮影はない。それまでにみんなが忘れてくれればいいが、などと都合のいいことを思ってみる。
 なんだか玲奈のこととなると自分が制御できない。今、思いっきりブレーキを踏んでいるつもりだけれど、それでもどこかできしむ音がする。もし今ブレーキを離したらどこまで突っ走ってしまうのか自分でもおそろしい。
 すれ違いざま、ふわりと玲奈が香る。香水ではなくて、シャンプーなのかボディローションの(たぐい)なのか。すこし甘さの加わったムスクとジャスミンの香り。その瞬間思いきり玲奈を抱きしめて、その首元に顔をうずめたい。そして胸いっぱいにその香りを吸い込むのだ。そんな衝動が日に日にふくらんでいく。
 変態というのならいえばいい。他人の戯言(ざれごと)など知ったことか。
 こういってはなんだが、玲奈が倒れてくれてよかった。でなければ、とんでもないことをやらかしたかもしれない。
 だから今は、離婚が成立するのをだまって待とうと決めた。
 結局なにごともなかったかのようにふるまうのが精一杯だ。このスタジオの中で悶々としていないのは、涼太郎と摩季と当の玲奈だけだった。
 いざ撮影が始まると、そこは全員プロだからきっちり仕事はこなす。いつもどおりに粛々(しゅくしゅく)と撮影は進み、途中の休憩時間、玲奈と悠人はならんで座っていた。
「家のほうはだいじょうぶなのか」
 小声で悠人が聞いてきた。
「ああ、うん」
 玲奈の返事は煮え切らない。
「どうした。また危ない目にあったのか」
 悠人が身をのりだす。当然、身を寄せあうようにひそひそ話がはじまる。スタッフたちの、そうそう、こういうのが見たかったんだよ、という期待は本人たちには届いていない。
「ああ、そうじゃなくて。そのへんはだいじょうぶ。抑止力もあるし」
「ああ、あれか」
 あれは悠人も承知の上らしい。
「ちょっと話がおかしな方向に進んでて」
「おかしな方向?」
「ここじゃ、ちょっと。あとで話すね」
「なにかあったらすぐに逃げて来いよ。俺じゃなくても、涼太郎でも摩季でもいいから頼れ。ひとりでやろうとするな、たのむから」
 こういういい方が玲奈を追いつめるんだろうな、とは思う。それでもいわずにはいられなかった。
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