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文字数 1,220文字



 涼太郎は摩季に教えてもらった通り、六階でエレベーターを降りた。ナースステーションに声をかけて廊下の奥に進む。部屋番号を確かめてノックする。カチャッとドアが開いて摩季が顔を出した。
「帰った?」
「うん」
 部屋へ招き入れられる。玲奈は病衣を着てうつらうつらと横になっていた。涼太郎に気がつくと起き上がろうとした。
「いいから、寝てて」
「ごめんなさい。みんなに迷惑かけちゃった」
「気にするな。だいじょうぶ、なんとかなるから。今は治すことに専念しよう」
「うん。悠人は?」
「撮影が終わって、アトリエに入ったよ」
 涼太郎が笑いながらそういったのに安心して玲奈はまた眠りに落ちた。
「ここたのんでいい? 売店で買い物してくる。あと、悠人に電話してあげて。きっとのたうち回ってるわよ」
 摩季にいわれてそうだったと思い出した。悠人に電話すると、一回目のコールの途中でつながった。今か今かと待っていたのだろう。
「玲奈は?」
 開口一番これかよ、と思わず笑ってしまう。
「だいじょうぶだよ。今は寝てる」
 電話の向こうから大きなため息が聞こえた。玲奈の今の状態と二週間の入院をつたえるともう一度ため息が聞こえた。
「二週間もか」
 こんこんとノックがして看護師が入って来た。手にタオルを持っている。電話中なのをみると眠っている玲奈に直接話しかけた。
「顔と手をきれいにしますね」
 そういってていねいに顔を拭きはじめた。こんなことまでやってくれるのかと涼太郎は感心する。
「俺行っちゃだめか」
「だめだ。おまえはデザインに専念しろ」
「んんー」
「今は玲奈の回復が最優先だ。じゃないと再開できないからな。玲奈は治療に専念する。おまえはデザインに専念する。いいな」
 涼太郎の強い口調に電話の向こうで悠人が小さく、わかったとつぶやいた。

 入院生活は平穏だった。摩季のブロックによって陽介は夫であるにもかかわらず、面会はゆるされなった。陽介は意を決して摩季にいわれた通りに、着替えやら洗面用具やらをもってきたのだが、ナースステーションで門前払いを食った。
 しつこく食い下がってみたけれど、面会謝絶の上、玲奈が会いたくないといっているといわれればなすすべもない。もってきたものをあずけてすごすごと帰るしかなかった。そのときの惨めな気持といったら、たとえようもなかった。
 ではアヤカと別れるかといえば、それはそれでアヤカに引きずられるようにずるずると続いているのである。あっちもこっちも手放すのは惜しい。自分の優柔不断とみっともない執着にあきれるばかりだった。
 悠人も涼太郎のいうことを聞いて、おとなしくアトリエにこもっていた。玲奈が一刻でも早く、元気な姿で自分の前にもどってきてほしい。そのためなら二週間でも二か月でも待とう。そんな切ない思いだった。
 だから玲奈を追い込んでしまった自分を責めながら、玲奈が着る服をひたすら作っていたのだ。その姿は涼太郎の目にも摩季の目にもそうとう痛々しく映った。
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