文字数 1,365文字

 

 缶チューハイのレモンてこうやってできるのかな。などとぼんやり思ってしまった。
「ありますね、たしかに」
「いやっ。ちょっと。ちょっと来て」
 涼太郎はあわてて摩季の腕をつかんで部屋の外に連れ出す。
「えっ、なに? なんか悪いこといった?」
 事情を知らないらしい摩季は引きずられていく。
 同時にがたんと音を立てて、悠人が立ちあがった。いすが倒れる。
「悪い! 申し訳ない! 摩季にはきみの事情はいってないんだ」
 焦った様子で悠人があやまる。
「ああ、平気ですよ。今さらだし」
「気を悪くしないでくれよ」
「そんな情けない顔、しないでくださいよ。契約不履行(ふりこう)なんてしませんから。ちゃんとやります」
 そういうと、ようやく悠人はほっとしていすを起こしてすわりなおした。
「正直なところ、話していいものか迷っていたんだ」
「そうですよね。暴露するようなものだし、人によっては怒るだろうし。わたしは怒りませんけど。話していいですよ。仕事するうえで知っていた方がいいでしょ」
「うん、わかった。ちゃんと説明しておくよ」
 たぶん今ごろ、涼太郎が話しているのだろう。
「それから俺たちとの関係云々も気にしないでくれ。単なる防衛線だ」
「ああ、それも察しがつきますよ。安心してください。わたし今はそういうモード搭載していないので」
「うん、今は、ね」
 悠人はあいまいに笑った。
「でもきみが話のわかる人でよかった。助かる。そうだ、事務所の中を案内するよ」
 そういって今度は静かに立ちあがった。玲奈も立ってついていく。リビングとつづきのとなりの部屋。ドアを開けるとずらりとならんだハンガーラックにたくさんの服がつるされている。靴やバッグなどの服飾雑貨も大きなラックにぎっしりと詰め込まれている。
「ここは一応プレスルームだ。小さいけどな。つまり貸し出し用だな」
 いわれてみれば、アルファベットと数字のタグが付いている。この番号で管理しているのだろう。
「そうだ、靴のサイズは何センチ?」
「二十四・五です」
「それならオッケーだ。ちゃんとそろっている」
 よかったーと玲奈は胸をなでおろす。場合によってはこのサイズはなかったりする。
「靴やバッグはうちのものではないんだけど、撮影のときに使うんだ」
 そういって悠人はハイヒールを取って見せた。赤い靴底。ルブタンか。その十センチヒールをわたしが履くのか。履いて歩けるんだろうか。はなはだ不安である。
「これにも慣れてもらうからな」
 見透かしたようにいわれてしまった。
「リビングとプレスルームには外部の人間が入る。あともう一部屋はアトリエだ」
 悠人はついてくるようにうながす。
 リビングへ戻ると、涼太郎と摩季が待っていた。
「ああ、ごめんなさい。事情を知らなかったものだから。ほんとに」
 待ち受けていた摩季が申し訳なさそうにあやまった。
「ぜんぜんだいじょうぶです。もう割りきってるんで。むしろ気をつかわれる方がいやですね。だからもう気にしないでください」
 この件にはこれ以上口を出すな。わかるでしょ。そんな意訳はつたわっただろうか。
「はい、そうします」
 わかってくれたようだ。ただ少しわだかまりが残ったのも否めない。四六時中顔をつき合わせるわけじゃないのは幸いだ。
「はい、じゃあこの件はおしまいね。アトリエ見せるの?」
 涼太郎が話題をかえた。
「おう」
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