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文字数 1,874文字



 晩ごはんはどうするつもりだろう。
 冷蔵庫に入っていたのは、味付きゆで卵、三個パックの豆腐、サラダチキン、牛乳とビール。ビールは飲むんだな。ドレッシング、カロリーハーフのマヨネーズ、しょう油。
 シンクの下には小さい鍋が一つ、フライパンが一つ、まな板が一枚、包丁が無造作に置いてあった。料理はまったくしないんだな。現にガスコンロの上にはプロテインと封を切ったシリアルがおいてある。
 作ってもいいけれど、家主の意向もある。テーブルの上には合鍵が置いてあるが。晩ごはんはどうしますか、とラインを送る。少ししたら電話がかかってきた。
「七時くらいには帰るから、なにか食べにいこう」
「いや、いっしょに出かけちゃダメでしょ」
「飯食うくらいならいいだろう」
「いや、ダメ。一人でも目立つのに二人でいたらめっちゃ目立つもん」
「うーん」
「わたし作ろうか」
「えっ!」
 声がきらめく。
「キッチンの装備がイマイチなのでたいしたものは作れないけど」
「わかった、急いで帰る!」
 切れてしまった。なに食べるか聞きたかったのに。そういえば、食事してるの見たことなかったな、と思う。撮影の合間になにかつまんでいるのしか見たことがない。
 ほんとになんにも知らないな。あらためて思う。
 たぶん炭水化物はとらないだろう、と当てをつける。スマホで確認して近くのスーパーに買いものに出る。もちろんきっちり長袖を着て、クローゼットから拝借した悠人のストールをぐるぐると首に巻きつけて。
 スーパーをうろつきながら、チキンソテーとゆで卵のサラダとソーセージ入りのポトフを作ることにする。無難である。最初の手料理がこれでいいだろうかとも思う。失敗の仕様のない料理ではあるが。好きなものを聞いて、じっくり考えて作りたかったな、と思う。忘れずに自分用のスリッパも買った。
 悠人が帰ってきたのは料理の途中だった。ガチャリと鍵が開く音がする。
「あ、帰ってきた」
 自然と顔がほころぶ。陽介が帰ってきたときにはため息しかでなかったのに。まっすぐにキッチンにやってきた悠人と顔を合わせると、なんだかおたがいに照れくさい。
「ただいま」
「おかえり」
 悠人がチュッとキスをする。この人、激甘モードで帰ってきたのかと玲奈は少し照れる。
 やがてできた料理をローテーブルにおいて、二人ならんですわる。
「いただきます。この部屋で手料理食べるのはじめてだ」
 悠人はプシュッとビールを開ける。ポトフをほおばって、うまーいと笑う。
「たいしたものじゃないんだけど、どうぞ。ねえ、炭水化物はとらないの? 用意しなかったけど」
「ふだんは食べないな」
「ビール以外のお酒は飲むの? ワインとか日本酒とか」
「なんでも飲むぞ。どうした、急に」
 悠人は怪訝な顔で聞く。
「ごはん作ろうと思ったら、なに食べるのかわからなくて。なんにも知らないなあって」
「そうか。そうだな。これから知っていけばいいさ。基本メシやパンは食わない。嫌いなものはサバ。好きなものは肉」
「ははっ。ものすごくはっきりしてるね。わかった。参考にする」
「あと作れるときだけでいいぞ。俺も遅くなると食べないから」
「うん、だいじょうぶ。わたし、そんなに甲斐甲斐しくないから」
 顔を見あわせて笑う。それから、と悠人がいう。
「もうすこし広いところに引っ越そう。ベッドもダブルがいいし、ダイニングセットもいるだろう」
「やっぱりこのままいっしょに住むのね」
「ええっ! いやなのか?」
「いや、そうじゃなくて。親になんていおうかと思って。悠人はなんていうの?」
「うーん、親か。彼女といっしょに住むっていうな」
「わたしの場合、それいえないのよね。そういったら、おまえも不倫してたのかっていわれちゃう」
「それは困るな」
「いずれ、一度帰ってちゃんと話してこなきゃと思ってる。EVEのこともあるし、親にだけは本当のことを話しておきたい」
「うん。近いうちにスケジュール調整して行ってこい。実家どこだ?」
「仙台」
「へえ。仙台か。新幹線? 一人でだいじょうぶか?」
「だいじょうぶよ。車で迎えにきてもらうし。悠人は実家どこ?」
「俺は立川」
「すぐそこじゃん」
「うん、いつでも連れていくぞ」
「いや、すこし時間おきましょうよ。あと」
 と玲奈は続ける。
「これはやめてね」
 そういって、赤い斑点のついた腕を悠人に突きつけた。
 それから食べ終わった食器を二人で片づけて、これからの二人の生活に必要なものをネットで注文した。二人分の食器や大きめの鍋、タオルや玲奈のパジャマ。
 とても些細なことだけれど、玲奈には心安らぐ幸せな時間だった。
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