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文字数 1,273文字
よし、計画続行だ。
今日からまたソファで寝るのかとため息をつきながら、寝室からブランケットを持って出た。ふろから出てきた陽介と鉢合わせする。
「またソファで寝るの?」
あたりまえだろう、なにいってんだ、こいつ、と思いながら
「そうだけど」
目も合わせずに答えた。ぐいっと手首をつかまれた。ひっと小さく悲鳴が出た。
「ベッドで寝ろよ」
えっ、と顔をあげると陽介と目があった。ひきよせられる。その意図がわかってたちまち怒りと恐怖におそわれた。
「信じらんない! 最低!」
玲奈はつかまれた手を引く。
「おいっ!」
陽介はなおもひきよせようとする。そうさせまいと玲奈は暴れる。
「ぐえっ」
陽介の口からありえない音がでて、その場でうずくまる。やみくもに打ち出した玲奈のこぶしが、陽介の腹にクリティカルヒットしたらしい。玲奈はすばやく離れた。
「その手でわたしに触らないで!」
陽介を残してリビングにもどると、頭まですきまなくすっぽりとブランケットにくるまってソファに横たわった。陽介につかまれた手首から冷たさが全身に広がっていく。悪寒がするのにいやな脂汗がにじんでくる。
さっきあの女とメッセージのやり取りしてたくせに。それなのに?そもそもそこにあるコンドームはあの女と使うために買ったんでしょ。その同じベッドでわたしを寝かせようとするの?もうそのベッドはわたしが寝るベッドじゃない。
あまりの怒りで体が小刻みに震える。一週間ぶりに胃の痛みを覚えた。にじむ悔し涙をこらえながら、いっそ悠人にすがりたいと思った。
翌日、事務所で悠人と顔を合わせた。偶然である。悠人は基本撮影以外はアトリエにこもっている。ドアが開いていれば創作にいそしむ悠人を目にできるが、閉まっていればそれもない。事務所に来ても悠人にあわないこともめずらしくないのだ。
なんとなく昨夜のことを思い出して、ばつが悪くなる。さっさと用事をすませて帰ろうと思ったときだった。
すっと悠人に手首を取られた。
「どうした、これ」
陽介がつかんだところが赤黒いあざになっていた。長袖で隠したつもりがみつかってしまった。とっさに手を引こうとするが悠人はそれをゆるさない。
「あー、ちょっとぶつけて……」
「これがか」
あざは手首を一周していた。
「ちょっとつかまれて……」
とたんに悠人の顔色が変わる。
「ほかは?」
「ない。これだけ。たまたまだから。DVとかじゃないから」
「ほんとだな」
まっすぐに見つめる悠人の目が突き刺さる。
「ほんと、ほんと」
悠人はふうっと息を吐いて、親指であざをゆっくりとなぞる。その感触にぞくりとしてしまった。
「いつになったらあの家を出るんだ」
「今さがしてる」
「はやくしろ。ほんとはもうあそこには帰したくないんだぞ」
「はい、ごめんなさい」
なにいってるのかわかってるのかな、この人。それはもう、玲奈が一人になるのを待っているといっているようなものなのに。
「来週の撮影までに消しておけ。温める、冷やす、をくり返すと早く消えるぞ」
「うん、ありがとう」
悠人から離れると、用事もそこそこに事務所を出た。