文字数 1,538文字



 悠人は打ちのめされる。押しつけがましいのはわかっていた。それでも玲奈が心配でしょうがなかったのだ。少しでも早く解放してやりたい、楽にしてやりたいと気がせいたのも否めない。それがかえって玲奈を追いつめてしまった。
 いや、自分の行動が玲奈の負担になることもわかってはいたのだ。視線でさえも。それでも玲奈が一刻も早く自分のもとへ来てくれるのならかまわないと思った。あまりにも自分勝手。あまりにも浅はか。これでは玲奈のだんなとなんら変わりがないではないか。
 ただただ(おのれ)の打った悪手を呪うばかりだ。
 摩季はクレンジングシートで玲奈のメイクをぬぐいながらさらに追い打ちをかける。
「それに、だんなが来るのよ。あんたには無理」
「なんで、だんなはよくて俺はだめなんだ」
 悠人の顔が苦渋に歪む。
「あたりまえでしょう。状況はどうあれ、だんなはだんな。入院手続きだってだんながするのよ」
 そういわれれば悠人は引き下がるしかない。自分と玲奈は契約でつながっただけの関係なのだ。玲奈を守るべき立場にはない。雇用主ですらないのだから。そのことを強く思い知らされる。会ったことのない玲奈のだんなに強い嫉妬を感じた。
「安心して。玲奈には会わせないから。あっちはストレスの残り半分だからね」
 悠人はふりしぼるようにいった。
「たのむ」
「まかせて」
 摩季はそういうと、むぎゅっと悠人のほっぺたをつまんだ。
「そんな情けない顔しないの」
 ちょうど到着した救急車にいまだ意識のもどらない玲奈は乗せられていった。

 病院につくと処置室の外で待ちながら、摩季は出先の涼太郎に連絡をする。玲奈の状態、激しく動揺したまま現場に残してきた悠人のこと。
「このままじゃ悠人、使い物にならないわ。行って面倒を見てほしいの」
 涼太郎は、わかったというとすぐに現場にむかった。
「さて、次はうわさのゲスだんなね」
 摩季は玲奈のスマホを手にする。
 履歴にはだんなの名前はなかった。夫婦ってあんまり電話しないものなのかな、それともこの夫婦の状態だからかな、などと思いながら連絡帳から陽介の名前をタップする。
 すぐに電話に出た陽介に名乗り、玲奈の状態と搬送された病院をつげた。驚いた陽介はすぐに行きますと電話を切った。
「心配はするんだ。完全に見限っているわけではないのね」
 少しの違和感を感じた。三十分もしないうちに陽介は到着した。玲奈はまだ処置中である。バタバタとあわててやってきた人物をたぶんこいつだなと摩季は立ちあがって迎えた。
「藤沢さんですか」
「はい、そうです。玲奈は?」
「まだ処置中です。玲奈さんと同じ会社の古田と申します」
 そういって名刺を差し出した。陽介は受け取った名刺をまじまじと見つめる。
「フューチャー?」
「ドットフューチャー、です」
「マネージャー?」
 摩季の肩書である。
「はい、会社のマネジメント全般を任されております」
「はあ」
 意味はわからないだろうな、と摩季は思う。
「あの、血を吐いたってどれくらい」
「んー、これくらいですかね」
 摩季はそういって床に指で円を描いた。
「そのあと、意識を失って救急搬送されました」
「そんなに……」
 陽介はそういうと、心配そうに処置室のドアをみつめた。中では玲奈にどんな処置がされているのか想像もつかない。結局終わるのに一時間ほどかかった。
 医者に呼ばれて、二人で説明を受ける。陽介は当然のようについてくる摩季をいぶかしんだけれど、なにもいわなかった。玲奈からなにか聞かされているのかと思うと、強く拒否もできなかったのだ。
 医者の説明によれば、摩季のみたて通り胃潰瘍による出血だった。原因は長期の強いストレス。いまは出血は止まっているけれど、また出血があるようなら内視鏡での外科処置が必要だという。
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