そのスキル、俺がやろう 1

文字数 1,234文字

「ど」
 玲奈の口が開いた。
「ど?」
 男がオウム返しする。
「どちらの俺様ですか」
「俺様じゃない。新進気鋭のファッションデザイナーだ」
 デザイナー、ともごもごとつぶやきながら、玲奈はその男を見つめた。ウェブデザイナーなら知っている。グラフィックデザイナーも知っている。でもファッションデザイナーははじめて見る。
 整った顔立ちで、すらりと背が高い。まくった袖からのぞく前腕の筋肉から腹筋までも想像できてしまう。長めの前髪をさっとかきあげたら、それだけできゃあきゃあいわれそうだ。自分自身がまるでモデルだ。
 そして特徴的なのは容姿だけでなく、身にまとった空気。自信に満ちあふれているようで、その裏に見える(はかな)さ、(もろ)さ。表裏一体(ひょうりいったい)となってギリギリでバランスを保っているように見える。会社勤めの人間には持ちえない空気だ。
 そんな彼が何の用だろう。
「その新進気鋭のデザイナー様はどんなスキルを授けてくださるので?」
「うちのモデルをやってくれないか。モデルというか、イメージキャラクターだな」
 イメージキャラクターというのは、あれだろうか。梨の妖精とか納豆の妖精とか。
「着ぐるみを着るなっしー?」
「それはご当地キャラクターだろう」
 なぜ佳奈もバーテンダーもこんなにげらげら笑っているのだろう。目の泳ぐ玲奈に男は自分のスマホを差し出した。
 画面に映っているのは、どこかのブランドのホームページらしい。玲奈と佳奈は身をのりだして画面をのぞく。
「うちのブランドだ。.future(ドットフューチャー)という」
「あっ、知ってる。雑誌に載ってた」
 佳奈がいった。
「うん、最近は雑誌に特集を組んでもらうようになったんだ。きみには専属モデルになってほしい。なんでもいいからスキルがほしいんだろう」
「えっ、盗み聞きしてたの?」
 玲奈がむっとしていった。
「いやでも聞こえる」
「あっ、すいません。うるさかったですよね。ていうか、モデルって若い子のほうがいいんじゃないですか。プロに頼めばいいでしょう。こんな素人じゃなくて」
「いや、プロはもう自分のイメージができ上ってるからな。そうじゃなくて、.futureのイメージに合わせたモデルがほしいんだ。それにうちはメインターゲットが二、三十代だ。きみ、二十七、八くらいだろう。すべてがピッタリじゃないか」
 たしかに二十七才だが。
「その目がほしい」
「目ぇ?」
 玲奈と佳奈は同時に素っ頓狂(すっとんきょう)な声をあげた。
 たしかに玲奈の目はきりっとはしているけれど、それが過ぎて目つきがきついともいわれるのだ。自分自身ではコンプレックスに近い。その目をどう差し出せというのだ。
「ポジティブ&アグレッシブな眼差しが気に入った。その視線でぜひ撮影にのぞんでほしい」
 にらまれたいのだろうか。
「仕事もする。恋もする。遊びもする。ほしいものは何でも手に入れたい。でも見た目には余裕がほしい。そういう人のための服を俺は作っている」
「日本語にするとただのバカ正直の負けず嫌いだけどね」
 佳奈がくすくすと笑いながらいった。
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