文字数 1,380文字



 一人で食べるようなったのはいつからだろう。陽介が早く帰ってくるのがわかっていても、なんだか同じテーブルにつくのがいやで先に食べるようになった。
 朝食にしても、玲奈はコーヒーしか飲まない。陽介の分だけテーブルにのせておく。だから陽介がいる休日はいっしょに食事をするのが苦痛になった。
 いっそ、金曜の夜から泊まりこめばいいのに。月曜もそこから出勤すればいい。なんなら、こっちには帰ってこなくてもいい。
 そんなことを考えて驚いた。そこまでいやになっていたのか。
 ふうとため息をついて食べ終わった食器を洗う。ふたたびソファにころがってたいして面白くもないテレビ番組をながめていたら、ガチャリとドアが開いた。
 ああ、今日は帰ってくるのだったか。そうは思っても、起き上がる気にもならない。
「ただいま」
「おかえり。食べてくると思ってごはん、用意してなかった」
「ああ、てきとうに食べるからいいよ。あのハイヒールなに?」
 気づいたのか。
「気分転換?」
「はあ?あんなに高いヒールはいたら、よけいでかくなるじゃん」
 うるさいな。あれくらいのヒール履いても悠人のほうがまだ高いし。面倒くさい。無視して寝転がったままテレビをながめる。
「おい」
「なに」
「……いや、なんでもない」
 でしょうね。あんたがなにかいう権利はないもの。
 会話がないまま、陽介は冷蔵庫を開ける。さっきゆでたむね肉を見つけたようだ。
「これなに?」
「サラダチキン。あしたサラダにするから」
 噓をつく。そんなに大量のサラダをつくるわけないのに。けっきょく陽介は残り物のごはんとレトルトカレーを食べたようだった。カレーの匂いって罪深いな。サラダチキンにカレー粉かけてみようか、などど思う。
 食べている最中も陽介のラインの着信がしつこく鳴る。食事用意してくれなかっただの、悪口をいってるんだろう。まあ、いいや。
 そのままドラマを一本見終わって、陽介が風呂に入っている間にベッドにもぐりこんだ。ひさしぶりに体を動かしたせいか、すぐに眠りに落ちた。

 翌朝、帰りは遅くなるという陽介を送り出し、てばやく家事をすませる。筋肉痛がひどい。動くたびにぎしぎしと音がしそうだ。
「きょう、トレーニングできるのかな」
 ジムでわたされたプロテインをふりながらひとりごとをいう。ぐびぐびと飲み干すと、ウェアの入ったバッグをかついで玄関に行く。
 ハイヒールが目に入って、そうか今日もこれを履くのだったと気が重くなる。
 どれくらいで慣れるものだろうか。
 トレーナーに、明日には楽になりますよとはげまされながらやっと今日の分のプログラムをこなす。軽くシャワーを浴びて、着替え終わったところでスマホを開けてみる。
 悠人からメッセージが来ていた。
「予定変更。美容院の予約が取れた。渋谷駅に来い」
 渋谷駅のどこだよ、と思い返信する。が、既読にならない。電車に乗って渋谷にむかいながら何度かスマホをみるが、そのままである。とうとう着いてしまった。
 どうしたものかと思いながらも、渋谷で待ち合わせといったらハチ公前だろうなと当てをつけて行ってみる。
 いた。腕を組んで仁王立ちで。まあ、目立つ目立つ。まるでランドマークだ。遠巻きで女子たちがきゃあきゃあいっている。あれに近づくの気が引けるなぁ、なんていう玲奈の思いは軽く無視され、気づいた悠人は大股で向かってきた。
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