Nuthin’ but a G thang【5/7】

文字数 1,065文字





 大広間に残された冷酒をコップ酒にして飲む。
 うまい。
 そういや、この地方って、酒蔵が多いのだったわ。
 一升瓶の口の近くを手で握って、コップに冷酒を注いでは飲む、をわたしは繰り返す。
「火事場泥棒みたいじゃない、壊色。あまり飲まないの!」
「そうは言ってもねぇ、飲んじゃうんだもん。盛夏も呑みなよ」
「その前に、御当主のお姿を、見るべきじゃなくて?」
「一理ある」
「退魔士として来ていることを、忘れずに、ね」


 当主の寝室のふすまを開けると、そこには、白い掛布団の中で微動だにしない、当主である〈老婆〉が眠っていた。
 どこから入ってきたのか、身体にハエがたかっている。
 老婆の身体からは饐えた様な臭気が漂っていた。
「死、が始まっていくのね」



「南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)。南無高祖承陽(なむこうそじょうよう)。南無太祖常済(なむたいそじょうさい)」


 わたしは道元派な言葉を唱えた。
 数珠でも持ってくればよかったかな。

「さて。御当主の姿も拝見できたことだし、大広間に戻ってお酒を呑みましょう」

「盛夏にしては、珍しい。どういう風邪の吹き回しかしら」
「さっき、呑むって言ったじゃない。そのあとで呑むって」
「なんだか裏がありそう」
「時間つぶしよ」
「時間つぶし?」
「大広間まで戻りましょう」



 大広間。
 わたしは盛夏と尼さんとの会話を思い出す。


 …………あちしが興味本位に訊くだけなのですが、〈食事が用意できない〉のですね。
 …………ええ。精進料理以上に、味気ない食生活を送っております。
 …………わかりました。
 …………じゃあ、村へ移動するわ、壊色。


「僧侶、この集落にいるじゃん。葬送に向かえば、〈味気ない食生活〉より良いもの食べれるし、読経すればみんなの役に立つ。なのに、なぜ尼さんは来ないの!」

「やれやれ、これだから壊色は。酒を呑んでれば、あと少しで丑三つ時。嫌でもわかるわよ」


 わたしの銀色の眼は、〈魔性〉を捉える。

 アヤカシとして、顕現するモノを。

 退魔士。

 それは〈神域〉と〈人域〉の境を守護するもの。

 すなわち『護国』。

 水兎学の〈実践〉そのものだ。


「〈神域〉と〈人域〉の境が、崩れていく……」

「〈見えた〉のね、壊色の〈銀色の瞳〉で……。その邪眼で」
「邪眼じゃないっつーの」
「はいはい。……ふゅぅ。冗談が通じないわね」




「だけどこれは……冗談どころか、常識が通じないわよ?」

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登場人物紹介

鏑木盛夏(かぶらぎせいか):退魔士。私塾・鏑木水館塾長。

夢野壊色(ゆめのえじき):十王堂高等女学校〈用務員先生〉。下宿、西山荘に住む。旅人。

雛見風花(ひなみふうか):鏑木邸に住む、盛夏の小さな恋人。

長良川鵜飼(ながらがわうかい):私塾・長良川江館の息女。壊色に同行し旅をしていた。

苺屋かぷりこ(いちごやかぷりこ):カフェー〈苺屋キッチン〉の女給。

朽葉コノコ(くちはこのこ):元気いっぱいの女の子。

佐原メダカ(さはらめだか):ドジっ子。コノコを「姉さん」と呼ぶ。

空美野涙子(そらみのるいこ):空美野財閥の一人娘。ガラが悪い。

魚取漁子(うおとりりょうこ):タイピスト。

やくしまるななお:下宿・西山荘の管理人。

やくしまるななみ:下宿・西山荘の管理人、やくしまるななおの妹。

近江キアラ(おうみきあら):長良川江館の塾生。

金糸雀ラピス(かなりあらぴす):ラズリの妹。保健室登校。にゃーにゃーうるさい。

金糸雀ラズリ(かなりあらずり):ラピスの姉。風紀委員会委員長。涙子が好き。

園田乙女(そのだおとめ):黎明署の刑事。ヨーヨーを武器にする。

白梅春葉(しらうめはるは):殺人鬼。十羅刹女の能力を持つ。

鴉坂つばめ(からすざかつばめ):〈魔法少女結社・八咫烏〉のメンバー。

御陵初命(みささぎはつめ):十王堂高等女学校の生徒会長。

武久現(たけひさうつつ):絵葉書屋。電脳ゲームデザイナー。

獅子戸雨樋(ししどあまどい):編集者。

吉野ヶ里咲(よしのがりさき):政治結社〈黎明派〉の首領。

大杉幸(おおすぎさち):無政府主義者の首領。

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