Spirit Rejoice【1/3】

文字数 1,155文字

 もうすぐ土蜘蛛騒動で壊れた高等女学校の寄宿舎の修築工事が終わるらしい。
 最近、だらだらしていたせいか、わたし、夢野壊色はいつも眠い。
 緊張が解けたのだろう。
 ここは鏑木水館の講堂。
 教壇に立つ鏑木盛夏が、塾生に水兎学の講義を行っている。
 一番後ろの机に突っ伏し、ぐでーっとしながら耳を傾けていた。
 ああ、夏が来るのも、近い。
 今年は旅から帰ってきて〈和の庭〉にいるから、海水浴も一味違いそう。
 楽しみだなぁ、なんて。


「にゃーにゃー、塾長さんにょぉ。水戸学派は退魔士。水兎っていうくらいにゃから藩校で生まれたっていうけどにゃ、退魔はメシマノウマヤで生まれたって言う。矛盾にゃぞ」

 塾長・鏑木盛夏が教鞭を自分の掌にあてぴしぴし音を立てさせ、喜ぶ。
「ラピスさん。良いところを突くわね。わたしたちはどうしても藩で考えてしまいがちだけど、そのずっと前の律令国だった頃に話は遡るわ」
「にゃー。律令国?」
「『学問』としての水兎学は、〈那賀郡(なかぐん)〉のあったところがルーツ。藩になった頃、花開いたけどね。でも、それと別に。メシマノウマヤのある〈多賀郡(たがぐん)〉の山岳信仰や修験道が、土蜘蛛討伐の『退魔』の系譜の、最初期の段階にある」
「にゃ? 修験道? じゃあ、土蜘蛛討伐と天狗は関係性がある、ということかにゃ」
「鋭いわね。そうよ。天狗を山の神とするか、魔界の天狗道に堕ちた〈魔性〉とするか。水兎学は、土蜘蛛が〈外法〉、つまり〈幻魔術〉の使いすぎによる〈幻魔作用〉で自ら〈魔性〉化するのを、天狗道のそれとなぞらえているわ」
「土蜘蛛は天狗でもあるのにゃな」
「用語の統一が、未だされていない、という部分があって、すまないと思っているわ。それが水兎学が〈体系なき体系〉、つまり体系の体を成していない、という指摘を受けることの一因にもなってるのは事実」


 わたしは講堂の後ろで、
「天狗……なぁ」
 と、呟いた。
 斜陽地区の方で、天狗と称する土蜘蛛の一団がなにやら画策している、と園田乙女刑事から、聞いているからだ。
 その何某天狗という土蜘蛛の一団と衝突するとなると、駆り出されるのは退魔士だろう。



 対魔性治安維持組織としての、退魔士が、きっと呼ばれる。



 ぼーっと突っ伏していると、ひんやりしたグラスを、おでこにあてられる。
 顔を上げると、それは麦茶の入ったコップで、差し出した人物は盛夏の小さな恋人、雛見風花だった。

「自傷系クズのあなたにも差し入れよ。さぁ、起きて塾生たちに麦茶配るの、手伝って」
「うえー」
「ほら、立ちなさい、オトコオンナ」
「わーったって」

 わたしは、重い腰をあげる。
 腰痛っぽくて、起き上がるとき、ちょい腰が痛かった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

鏑木盛夏(かぶらぎせいか):退魔士。私塾・鏑木水館塾長。

夢野壊色(ゆめのえじき):十王堂高等女学校〈用務員先生〉。下宿、西山荘に住む。旅人。

雛見風花(ひなみふうか):鏑木邸に住む、盛夏の小さな恋人。

長良川鵜飼(ながらがわうかい):私塾・長良川江館の息女。壊色に同行し旅をしていた。

苺屋かぷりこ(いちごやかぷりこ):カフェー〈苺屋キッチン〉の女給。

朽葉コノコ(くちはこのこ):元気いっぱいの女の子。

佐原メダカ(さはらめだか):ドジっ子。コノコを「姉さん」と呼ぶ。

空美野涙子(そらみのるいこ):空美野財閥の一人娘。ガラが悪い。

魚取漁子(うおとりりょうこ):タイピスト。

やくしまるななお:下宿・西山荘の管理人。

やくしまるななみ:下宿・西山荘の管理人、やくしまるななおの妹。

近江キアラ(おうみきあら):長良川江館の塾生。

金糸雀ラピス(かなりあらぴす):ラズリの妹。保健室登校。にゃーにゃーうるさい。

金糸雀ラズリ(かなりあらずり):ラピスの姉。風紀委員会委員長。涙子が好き。

園田乙女(そのだおとめ):黎明署の刑事。ヨーヨーを武器にする。

白梅春葉(しらうめはるは):殺人鬼。十羅刹女の能力を持つ。

鴉坂つばめ(からすざかつばめ):〈魔法少女結社・八咫烏〉のメンバー。

御陵初命(みささぎはつめ):十王堂高等女学校の生徒会長。

武久現(たけひさうつつ):絵葉書屋。電脳ゲームデザイナー。

獅子戸雨樋(ししどあまどい):編集者。

吉野ヶ里咲(よしのがりさき):政治結社〈黎明派〉の首領。

大杉幸(おおすぎさち):無政府主義者の首領。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み