Nuthin’ but a G thang【6/7】
文字数 1,401文字
思い出す。
わたしは、鏑木水館の若き退魔士・鏑木盛夏の言葉を。
……〈和の庭〉の〈箱庭世界〉が、崩れようとするのを防ぐために、先の革命はあり、そして〈水兎学〉はあった。
……そしてまた、〈箱庭世界〉は、崩れようとしている。崩れるのを防ぐため、あちしたちは水兎学の〈実践〉をしていた。
……闇夜の心に巣食う〈まつろわぬもの〉、言い換えれば〈土蜘蛛〉が、帝都を覆いはじめている。その調伏をするのが、あちしたち水兎学派〈退魔士〉の役割なのよ。忘れていたのかしら。帝都の危機を救うため、あちしたちは動いていたのではなくて?
…………………。
…………。
……。
どこから〈彼女〉は、この屋敷に侵入したのか。
泣いている。
泣きじゃくっている。
泣きじゃくりながら山頂付近に庵室を結んでいた尼さんが、虫の息になっている〈この屋敷の御当主さま〉の肉を引きちぎり、内臓を喰らっている。
臓物を、それはおいしそうに、だけど泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と嗚咽を漏らしながら、食べている。
肉を引きちぎるたびに、血が飛び散り、寝室を真っ赤に染め上げる。
鬼の所業?
違った。
わたしの〈銀色の瞳〉は告げる。
徐々に〈土蜘蛛〉化していたのは、死に向かっていく、この家の〈御当主さま〉だった。
隠れて見ていたわたしたちの姿を確認し、尼さんは、
「堪忍してやぁ」
と、言った。
それから御当主である老婆に向き直る。
「旨いんじゃぁ、旨いんじゃぁ。〈土蜘蛛〉の味が、わたくしは忘れられんのじゃぁ。ごめん、ごめん、ごめんよぉ」
それから尼さんは、その当主の名前を呼んで、
「肉にしてやっがらなぁ。血にしてやっがらなぁ。わたくしの、身体の一部にしてやっがらなぁ」
と、頭部を撫でさすりながら腹部からはみ出た内臓を引きちぎっては喰い、方言交じりの言葉を漏らし、泣いていた。
「盛夏……、これは?」
「食人鬼(じきにんき)、ね」
「食人鬼……」
「尼さんの言う通りね。『それに、食事も振舞えないのです』と、彼女は言った。『あちしが興味本位に訊くだけなのですが、〈食事が用意できない〉のですね』という質問には、『ええ。精進料理以上に、味気ない食生活を送っております』と」
「どういうこと?」
「〈鬼の味〉を知ったものは、もう戻れないそうよ」
「戻れない? どこへ?」
「〈人域〉へ。すべてが味気なくなったのね、〈魔性〉の〈味〉を知って」
「…………」
いつだったか。
狐面の〈十羅刹女〉、白梅春葉は、こう言った。
「水兎学は、〈調伏〉を行う。でも、それは帝都の理屈なんだよっ」
と。
すべて、帝都の理屈。
ここは、その埒外だ。
確かに、ここに土蜘蛛はいない。
死ぬ際に、〈魔性〉になりかけてしまう者がいて、そしてそれを〈阻止〉するために、〈ひととしての一生を全うさせてくれる食人鬼〉が、ひとの姿のまま殺してくれるだけだ。
尼さんは、食べている。
食べ続けている。
こちらにはもう、目をくれない。
「朝まで時間があるけど、どうする、壊色?」
「もういいわよね。でましょ、この村を。村の秘密は、秘密にしときましょうよ」
「ふゅぅ。……そうね、壊色。そうしましょ」