Bone Machine【2/5】
文字数 1,697文字
私塾・鏑木水館の講堂の壇上に立つ塾長・鏑木盛夏。
塾生席には、朽葉コノコ、佐原メダカ、空美野涙子、金糸雀ラピス、金糸雀ラズリという面々が正座をして、鏑木盛夏塾長の話を聞いている。
盛夏の発する言の葉は、静かでゆっくりと、聞き取りやすい声でなされる。
「女学校の寄宿舎の修復作業が終わるまで、あなたたちにはここで合宿してもらいます。その間、水兎学を含めた、集中講義を行いますので、よろしく」
わたしも、ついでだから一番後ろの席で、講義を拝聴することにした。
「最初に蒸気機関の話をしたいところだけど、それより、あなたたちがやらかした〈事件〉の方が問題ね」
盛夏が話している間、妹のラピスにコソコソ話をする姉のラズリ。
「あのね、ラピス。わたくしまでがなんで連帯責任を取るって名目で水館の塾生になってるのよ。しかも合宿ですわよ?」
「にゃに言ってんにゃ、バカ姉。絵葉書型ゲーム基盤の店をにゃたしに教えたのは、おまえだにゃ、バカ姉」
「風紀が乱れるから近づくな、って意味で教えたのですわ、ラピス。あなた、本当に阿呆ね。しかも涙子さんまで巻き込んで。許せませんわ」
「にゃはは。涙子だってノリノリだったぞ」
「はぁ……ラピスになにを言っても無駄だってこと、失念していましたわ。はぁ……」
「私語は慎め、そこの姉妹。金糸雀さんの家や学校では、授業中、コソコソ私語を話すのが失礼にあたるとは習わなかったのかしら」
「…………」
黙るラピスとラズリ。
そこにコノコが、
「どーせ寄宿舎の修復が終わるまで、みんなは里帰りしているのだ。わたしたちは〈黎明地区〉に残って、ここで世話してもらうのだ。特権的なのだ、水兎学なんて滅多に学べないのだー」
と、ラズリに向かって言う。
「そうですわね。コノコの言う通りでも、ありますわね。里帰りなんてしたくないメンバーの集まりですし、わたくしたちは」
納得する学校の風紀委員長、金糸雀ラズリ。
「もう、話を進めていいかしら? まずは、蒸気計算機の『計算機』の仕組み、つまりコンピュータの考え方を、頭に入れましょう。使う道具については、一通り使い方を覚えるものよ?」
盛夏は、そう言うと、正面の黒板に、チョークで板書する。
……みなさんは『ティンカートイ』というおもちゃをご存知かしら。
……ティンカートイとは、木製の軸と糸巻きでできたおもちゃよ。
……これがどうしたか、というと、物理学には〈ティンカートイモデル〉というものが存在するの。
……ティンカートイモデルとは、物理学のモデリングで、メカニズムを簡潔に説明するため細部を取捨し、単純化させたものよ。
……その簡潔なモデルで話すわ。
……演算処理装置である、コンピュータの単純な原理。
……あらゆるデータは、1と0の二つの記号の列に変換できる。
……そのデータは、ゲートと呼ばれる単純なスイッチが行う、AND、OR、NOTという基本操作で制御できる。
……「ANDゲート」の二つの入力に1という信号が来ると、ゲートは1(YES)を出力する。
……そしてそれ以外の場合は0(NO)を出力する。
……つまり「A&B」ということ。
……「ORゲート」は、AとBのどちらかに1が入力されれば、1を出力する。
……「NOTゲート」は、1が入力されると0を出力し、0が入力されれば、1を出力する。
……この基本操作を何百万個とつなぎ合わせると、デジタルな連鎖反応を引き起こすことができる。
……これをティンカートイ製演算装置(コンピュータ)と仮に呼びましょう。
……ティンカートイ製演算装置の原理は。
……情報は二種類の状態を取り得るどんなものを使っても表現できる。
……オン、オフスイッチでも、位置が切り替わる、文字通りティンカートイでも、ね。
盛夏が黒板に板書しながら、解説を加えていく。
わたしは後ろの席で、あくびをかみ殺しながら、その話に聞き入っていた。
なんで授業って、こんなに眠くなるものなのかしらね。