Run Like Hell【3/7】
文字数 1,519文字
「よぉ、壊色。元気そうじゃん」
座敷に居座っている先客がいたのにはびっくりした。
盛夏が友達を呼ぶなんて、ね。
それも、その人物はカフェー〈苺屋キッチン〉の女給・苺屋かぷりこだというのだから二度、驚きだ。
「盛夏とかぷりこは、面識あったんだっけ?」
訊いてしまうわたし。
「壊色の知らないところで、ひとはつながりあっている、というこれは見本よ」
不愛想にわたしに応じる鏑木盛夏。
お膳に熱燗の徳利とお猪口。肴は大皿に。
二人は酔っている風だった。
だが、夜はまだ長い。
「わたしも相伴にあずかっても?」
どさっと腰を下ろすわたし。
「壊色。あなた、あちしの可愛い風花を泣かせたでしょう」
「泣いたの、あの娘? さっきはずいぶん怒っていたようだったけれど」
「風花は繊細なのよ、あなたと違ってね、壊色」
「酷い言われようだなぁ」
「一般的に、自傷行為というのは」
と、盛夏はわたしに向けてしゃべる。
「死ぬためではなく、自分が生きていることを〈確かめるため〉にする、と言うわ。あなたの場合、どうなのかしらね、壊色」
質問されてしまった。
「死にたい、と思うことがある。誰だってそうかもしれないけど、わたしは特に、強くそういう傾向があるんだと思う」
「煮え切らないわね」
かぷりこが首をかしげる。
「なんの話だ?」
盛夏はふふふ、と含み笑いをする。
「死にたがりの道化師の話よ。夢野壊色、というピエロの」
かぷりこは腕組しながら唸る。
「うん。そういうときは薬でも飲んで寝ろ」
「あちしもそう思うわ、壊色」
「わたしは薬飲むの、たまに意味わからなくなるしそれで症状抑えられてるはずなのだけれども、本当のところは謎ね。つらかったらそりゃ戯言はいいから薬飲んで寝るのが一番だけれども。生きてる意味あるのかな、わたしは。薬によって生かされているだけのような気がするわ」
「生きてることに、誰にも意味なんてないわ。生きてるんじゃなくて、命なんてものは、まわりの環境に、生かされてるだけよ。〈生きている意味〉は、たぶん考えてる人だけが考えている結果として存在しているだけ。意味を見出すのはむしろ自分、でしょうからね。生きている意味っていうのは〈結果論〉だわ」
わたしはそれに対し、率直に述べる。
「考えない、っていうのが難しい。日常がずっと続くと思うと怖くなる。だからひとは意味にすがる。わたしなんかが良い例よ」
そこに、かぷりこが割って入る。
「自分に生きる意味、〈生きる価値〉がなくなったら、死んでしまうってか」
酒の勢いもあってか、馬鹿笑いになるかぷりこ。
油を注ぐように、盛夏がかぷりこに言う。
「では、かぷりこ先生の〈生き延びるための処方箋〉を、伝授していただけないかしら?」
「あたしの処方箋? ねーな、んなもん。今、自分が生きてられる状況だから、私は生きてる。生かされてる。それが途切れた時は……。って、そんなことまで知るかーい! ってな」
「嘘ね。幼年学校では、それとも、そう習うのかしら」
「あたしの今の生き方に幼年学校は関係ない。軍人にもならないで在野にいることからも、わかるだろ? ただ」
「ただ? なにかしら。あちし、聞きたいわ」
そこでかぷりこは、咳ばらいをした。
「永劫回帰」
聞きなれない言葉を、かぷりこは口にした。
「永劫回帰?」
今度はわたしが首をかしげる番だった。
苺屋かぷりこは、少し言いよどむ。
それからしばらく下あごに手をやって考えて。
話し出すことを決めたらしい。
まじめな顔つきになって、苺屋かぷりこは説明をしだす。