Nuthin’ but a G thang【1/7】
文字数 1,674文字
山間部。
山を上り下り、森をさまよい、わたし、夢野壊色と鏑木盛夏は目的地を目指していた。
今日のわたしたちは〈退魔士〉。
天帝と政府に叛逆をしている土蜘蛛の調伏をする、〈退魔士〉の仕事で、斜陽地区の果てまで来ている。
ここらへんに、土蜘蛛の集落があるらしい。
反逆の徒は、調伏させなくてはならない。
なぜなら、それが『水兎学』派のわたしたちの使命だからだ。
「和の庭にも、こんな山奥なんてあるのねー」
森のなか、けもの道を歩きながら、わたしが言う。
「和の庭は、帝都だけを指すわけじゃないから、当然でしょ」
盛夏はいつもの冷たい目線を、わたしに送る。
「わたしたちの学び舎があった多賀郡は、もっと田舎だけどねー。ここ、なんだかんだで、帝都に近いし。いや、近いから奇妙なのかな」
「どうかしらね。帝都に近い山奥となれば、土蜘蛛たちも、陰謀を練るには適していると言える。多賀郡と比べるのはよくないわ。むしろ辺境の多賀郡で水兎学が花開いたのが、おかしいと言えばおかしいのよ」
「結局は帝都に近い方が有利で、多賀郡はイレギュラーだ、って話ね」
「そういうことよ」
けもの道を進む。
進む。
汗だくになる。
日が暮れかかる。
どこかに泊まらないと。
と、山の山頂付近に、拓けている場所があった。
木が伐採され、庵が結んである。
「庵室ね」
と、盛夏が言った。
「庵室?」
「世捨て人になった僧のために建てられるのが、『庵室』と呼ばれるの。外観を見ればわかるでしょう、質素ながら小奇麗に管理が行き届いていて。庭を見る限り、禅僧の庵室だと思うわ」
引き戸が開いて、そこから坊主頭の女性の、いわゆる尼さんがでてきた。
「よくご存じで。旅のお方ですか」
その高齢の尼さんは、そう尋ねた。
「はい。旅をしています。いきなりで失礼ですが、ここらへんに土蜘蛛の〈巣〉は、ありませんか」
尼さんは、弱く笑う。
「おお。土蜘蛛をお探しで。それともわたくしを疑いに?」
「いえ。いや、疑っているのは、すべての人間ですから、お構いなく。〈巣〉は、ありますか」
「ありませんよ。その、〈横におられる方〉なら、〈銀色の瞳〉を使って霊視できるのでは?」
「さすがですね、伊達に禅の修行をしてきたわけではない、ということですね。そう、あちしの横にいる女性、夢野壊色は、土蜘蛛特有の邪気を感じ取ることができます。〈銀色の瞳〉の術式を使って」
「ご覧くださいませ」
尼さんは、下方に見える山間の集落を指さした。
「あそこに、村があります。わたくしともども、邪気を計測してみてくださいな。なにも感知しませんよ」
「そうですか。……ああ、ここを下れば、村があるのですね」
尼さんはニッコリ笑顔だ。
「ええ。あと半刻で日が落ちます。村で宿を取られるといいでしょう」
盛夏は目をほそめる。
「この庵室に泊めていただけないでしょうか」
「旅の方。確かに困っている方に一夜の宿を貸すことも僧の役割。ですが、わたくしはもうこの浮世から身を引いた身ですので。それに、食事も振舞えないのです」
「ふゅぅ……。そうですか。なら、仕方ありませんね。村まで下りてみます」
「そうしてくださると」
「あちしが興味本位に訊くだけなのですが、〈食事が用意できない〉のですね」
「ええ。精進料理以上に、味気ない食生活を送っております」
「わかりました。……じゃあ、村へ移動するわ、壊色」
「ん? そうなの? 了解」
わたしたちは、山間の集落を目指すことにした。
「んん? なにこれ」
わたしは、玄関先にあった石造りの小さな塔を指さす。
「五輪石よ。五輪塔とも言う。よくお墓にあるでしょう?」
「そうだけど」
「不思議でもなにもないわ」
「あー、尼さんの庵だもんね」
尼さんに見送られて、わたしと盛夏は、歩き出す。
下り坂は、それはそれできついものがある。
早く、眠りたいなぁ、とわたしは思いながら歩いたのだった。