Long Season【5/6】
文字数 1,149文字
「〈千筋の糸(ちすじのいと)〉ね」
「千筋の糸?」
「あー、もう、わからずや! 壊色、思い出しなさい! 〈土蜘蛛〉の糸の一種よ!」
そこで思い出すわたし。
「でも、それは『まつろわぬ人々』としての『土蜘蛛』じゃなくて、あやかしとしての土蜘蛛が操る糸では?」
「今、壊色が動けるようになったのは、わたしが〈術式〉で糸を切ったからよ」
「風邪の強化バージョンだったこれは」
「そう。〈千筋の糸〉は、〈血筋の意図〉でもある。あやかしの土蜘蛛の、血筋の、意図。それは、絡めとって巣に貼りついたところを捕食する本能よ」
「糸を切って、意図を消して、滋養強壮で立ち直った、っていうのね、わたしは」
「急ぐわよ、壊色。あなたの力が必要よ」
「わたしの? 向かう場所は?」
「十王堂高等女学校の寄宿舎。クビにならなかったの、不思議だとは思わない?」
「確かに」
「不可視である〈千筋の糸〉が絡まっているのよ。血筋の良いご息女様たちの『血筋』が、『意図を持って』絡まっているの。複雑に絡まっているから、あなたの力が必要よ」
「わかった」
クビにならなかったのは、女学校がすでに敵の術中に嵌っているからなのだな。
だから、わたしまで気が回らなかった、と。
わたしは浴衣からカーキ服とカーキ・ズボンに着替え、職工風の装いをしてから、盛夏と寄宿舎に向かうのだった。
寄宿舎の前まで来ると、〈瘴気〉が建物を覆っていた。
「瘴気よ、これ。強力な奴。どうする、盛夏」
「ふゆぅ。壊色。邪眼を開きなさい。〈索敵〉するわよ」
「はいよ。……仕方ないな」
わたしは唱える。
…………………。
…………。
……。
南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)。
南無高祖承陽(なむこうそじょうよう)
南無太祖常済(なむたいそじょうさい)
…………正法〈眼〉藏!!
……。
…………。
…………………。
ガツン、と音がして、それからわたしの〈眼〉は〈銀色〉に開いた。
「見えるわ」
「どう見えるの、壊色」
わたしの銀色の眼は、あやかしを捉える。
「不可視の糸は寄宿舎図書室を中心にして、張り巡らされている。図書室を叩けば、おーけーね!」
「じゃ。あちしがやるべきことは」
退魔士にのみ持つことを許された緋牡丹の短刀を鞘から引き抜く盛夏。
「短刀〈蜘蛛切〉の出番ね」
盛夏は〈蜘蛛切〉で十字に空を斬った。
瘴気が弱まる。
千筋通っている糸の一部が断線したのだ。
断糸というより、断線。
ワイヤーの比じゃない心的硬度。
断線させた盛夏がドアを蹴破る。
一週間前と同じ建物とはわからないほどの、老朽化をしてたドアは、いとも簡単に蹴破られた。