Bone Machine【1/5】
文字数 1,321文字
わたし、夢野壊色が旅先でたまに出くわす、同じように旅をしている人間がいた。
その避暑地でも、たまたまそいつと出くわしてしまった。
避暑地の、旅館の前で。
そいつは、旅館から出てきたところだった。
帰りなのだろう。
「やぁ、旅の方」
さわやかな笑顔で、そいつは帽子をとってわたしにお辞儀をした。
身体のラインがすらっとした美人である。
「旅の方って、あんたも旅をしてるじゃないの。会うのは、一か月ぶりくらいかしら」
「以前は、一か月も前のことなのですね、壊色さん」
「一か月しか経ってないって言うのよ、こういうのは。吉野ヶ里咲(よしのがりさき)さん」
「わたしの方はもう、〈和の庭〉に帰ろうと思っておりますの」
「へー。またなんで」
「答えを得たからです、この旅路の中で」
「答え?」
「立憲君主制と民主主義は両立し得る。それを踏まえた上での、人民多数のための政治……。その考えが浮かんだのです」
「御大層なこったね、咲さん」
「しかしこれは、意識の改革を迫ることになる。わたしはこれから、啓蒙のための団体をつくり、講演会などでわたしのこの考えを広め、国民意識の改革をして参りたいと考えております」
変なやつだなぁ、とわたしは思った。
いや、政治的な、こんなことを考えている奴は、みんなこの吉野ヶ里咲のように、変な奴なのかもしれない。
わたしのよく知るあいつ、〈水兎学派〉鏑木盛夏だって、変な奴だ。
「では、わたしはこれで。あなたにも期待していますよ、夢野壊色さん」
言いたいことだけ言って去るのは、吉野ヶ里咲のいつものスタイルだった。
わたしもカーキ服姿で男装風にしているけれど、この吉野ヶ里咲という女性はそんな風体の問題じゃない。
いま流行りの女性の社会進出、職業婦人なんて言葉じゃ伝わらないほどの男っぽさを持っている。
こいつなら、もしかしたら社会を変えられるかも、という期待さえ抱かせる。
わたしは吉野ヶ里咲が立ち去るその後ろ姿を見ている。
見送るかたちになってしまったが、そのあとで、目的の旅館に足を踏み入れる。
受付には、先に旅館に入っていた長良川鵜飼が、頬を膨らませて怒りながら待っていた。
「もぅ、遅いですよ、壊色先輩! 受付は済ませちゃいましたから、部屋に行きましょう」
「そうね、鵜飼」
「どうしたんです、先輩。思案気な顔しちゃってー」
「いや、ちょっとね」
「なんですかー? 可愛い後輩のボクになんでも打ち明けちゃってくださいよー。今日はボクと一緒にベッドインしちゃいます?」
「阿呆なこと言ってないの、鵜飼」
「せっかくの避暑地なんですからー、楽しみましょうよー」
「ええ。楽しもう」
「え? じゃあ、ボクを」
「抱きません!」
「えー?」
余談だが。
ここから〈和の庭〉に戻った吉野ヶ里咲がつくった団体こそが、この国のデモクラシーを活発にする一因となった『民本』主義の結社、〈黎明派〉なのであった。
だが、その時のわたしは、その未来を予想することすらできなかった。
吉野ヶ里咲は、本当に食えない奴だ。
今もわたしは、そう思う。