Trampled Under Foot【3/4】
文字数 1,216文字
最新の洋装、そして高価な宝石の装飾品で着飾ったわたしの母。
母はわたしを裸にしてひも付きの首輪をつけさせた。
猫飯を、裸で四つん這いになったわたしが、手を使わず口で直接食べさせられる。
四つん這いで食べるわたしに笑いが止まらない母。
犬や猫と同じ扱いをするのが、〈ツボ〉だったらしい。
それが、失敗作のわたしに課せられた罰のひとつだった。
人間性を徐々に失っていくわたし。
そこに、あのひとは現れた。
水兎学を受け継ぐ退魔士、灰澤瑠歌が。
あきらめるには、まだ早かったのだ、わたしは、人生を。
長屋の玄関を壊して侵入してきた灰澤瑠歌。
まずは、置き洋燈(らんぷ)を蹴飛ばす。
間髪おかずに、〈蜘蛛切〉で、使用中の火鉢を斬る。
洋燈と火鉢の中身が、畳敷きにブチまかれ、火の手が上がる。
首輪で繋がれたわたしを流許(ながしもと)で見て茶碗酒を飲んでいた母は、今起きた事態についていけず、口をだらしなく開けて、灰澤を見た。
しばし間があってから、
「蜘蛛切ッ! 退魔士! ヒィッ! お金はわたしが稼いだのよ! ひひぃ!」
と、母は眼を回した。
退魔士の出現に混乱して整合性のなさそうなうわごとを漏らす。
「水兎学ヶ退魔士、灰澤瑠歌。我が〈蜘蛛切〉の錆となれ」
「わ、わたしはこの出来損ないを稼げるように使ってやっただけですことよ」
「罪状告白? 知らないな。土蜘蛛を、わたしは斬るだけだ」
部屋に火の手が上がり、それは家加速度的に広がっていく。
炎のなかで、灰澤は、
「残念ながら、わたしは〈殺す〉のが生き甲斐でね。お前みたいな奴を殺すのが」
と言ってから、〈蜘蛛切〉を空で振った。
それから、
「言い残すことは?」
と、母に訊く。
「お、お助け……」
言い終える前に、灰澤は胴体と首を蜘蛛切で切り離した。
斬首。
燃え盛る部屋に転がる生首を、蹴球の球のように蹴り飛ばす灰澤。
自らを支えきれなくなった母の胴体は、火の海に沈む。
「肥えた土蜘蛛の脂ぎった身体はよく燃える」
わたしは裸で、四つん這いで、首輪がつけられてて。
そうさせた本人の身体が炎に包まれるのを見て。
それでも、血がつながっていたからかもしれない。
頬を涙が伝った。
蜘蛛切で首輪のひもを切断する灰澤瑠歌。
「精神をだいぶ失調させられてしまったようだね、娘さん」
「あ、あ、あ、わ、わ、わたしは、ど、どうした、ら?」
呆然自失のわたしに、灰澤は優しく耳元でささやく。
「わたしのもとへおいで。その瞳は、まだ死んでいないようだからね」
灰澤瑠歌は、わたしをこの地獄から連れ出してくれた。
〈灰澤先生〉は、わたしを抱きしめる。
炎の中で。
母の真っ二つになった死体が燃やされている、そのなかで。
そのときから、先生は、〈わたしの先生〉になった。