Higher Ground【2/7】
文字数 1,704文字
「壊色姉さん。あなたは大杉幸の思想をご存知で?」
「無政府主義でしょ」
「じゃあ、無政府でどうやってこの社会を回そうとしていたかは、ご存知で?」
「どーせ好き勝手やって弱肉強食にでもしようとしてたんでしょ」
「違いますね。大杉幸の立ち位置を、アナルコ・サンディカリスム、と言います」
「んん? よくわかんないけど」
「無政府組合主義、と日本語では訳されます」
「それがなによ」
「彼女の思想は労働組合運動を重視する無政府主義です」
「組合運動?」
「議会を通じた改革を否定。労働組合を原動力とする<直接行動>、つまり院外闘争で社会革命を果たし、労働組合が生産の分配を行う社会を目指しているのです」
「ふーん。それがなにか?」
「しかし、そうすると、労組に利権が集中すると思いませんか。まだ吉野ヶ里咲の言い分の方がわかる」
「民本、か」
「彼女はいい線いっていたとは思います。けれど、立憲君主制と民主主義は両立し得るとしたところで、君主の取り巻きに利権は集中し、取り巻きによる独裁が始まる」
「そうかしら」
「全国を旅してきた姉さんは見てきたはずだ、農村、漁村、山村の実状を!」
「そうね。近頃は大衆消費社会なんて言われているけれども、それは一部の、都市部でだけのことなのよね」
「貧困でひとは死に、女の子が生まれれば身売りに出され、その娘の身体で稼いだ金で、やっと家族が生きられる」
「ええ。それは事実……よね」
「なぜ、それを誰も助けないのでしょう? 力を持った者がこの問題に乗り出せば、解決の糸口が開けるのに!」
「その悔しさを、知る者が、手を差し伸べない社会なのはわたしも知ってる」
「この窮状を無視しながら、天帝に取り入ることだけを考える取り巻き連中。この、君主の取り巻きは既得権益を死守し独裁を敷く国賊です。この国の歴史を、水兎学の徒である姉さんは学んできたでしょう」
「ええ。見てきただけでなく、学んでもいる」
「この国の歴史に何度も何度も形を変えて立ち現れるのは、歴代の権力者がみな、天帝の簒奪者である、という事実です。そこに忠君愛国の精神は、ない」
「簒奪者……」
「この歴史、そして吉野ヶ里咲などの推進するデモクラシーを支えるのが、天帝の機関説、というものです」
「機関説?」
「この君主制は国を動かすための<機関>である、と。その機関を動かし、力を簒奪し、利権を我が物とする。取り巻きは忠君ではあり得ず、簒奪した力による独裁で自らの権益を追求する、国民をペテンにかけているイカサマ師なのです」
「わかってはいるわ。『例外状態』ね。議会制民主主義に対しての批判をベースにしているのね。議会制民主主義における諸政党は、社会的・経済的な利権集団に過ぎず、国家に対して責任を欠いている。諸政党は自らの利益のために立法を重ねるため、そうした体制下での『議会制民主主義の発展』とは、政治的倫理・理念を欠いた妥協のための技術が磨かれたにすぎない、っていう話ね。自らの利益のために動く諸政党。それは国賊であり、忠君であればこそ、その利権集団状態を脱却できる。『君主の国民』ではなく『国民の君主』とするためには、利権に縛られず国のことを考える忠君こそを立てる。君主に媚びを売って国を売る利権の塊は排除する、か」
「……それでこそ壊色姉さん。わかってらっしゃる。君主と国民が一体化した民主主義を、わたくしは望みます。それは、国民主権原理に基づいたものとなるでしょう。忠君は国のために尽くすものですからね。忠君を配置するがために、国賊は排除します」
わたしはため息をついた。
「で。起こしたことが、クーデター? バッカじゃないの?」
「しかし、陸軍の多くの将校はわたしの理論に共鳴し、武装蜂起してくれたのですよ」
スクリーンには、狐面の白梅春葉嬢の周囲に集まっている、陸軍将校たちの姿が映し出されていた。
屈託なく、将校たちは銃を手に持ち笑顔を浮かべている。
この映像からするに。
……将校たちもわたしの妹であるこの折鶴千代も、〈一線を越えてしまった〉のは、間違いなかった。