Penitentiary Philosohy【2/3】
文字数 1,077文字
灰澤先生の墓地のある菩提寺に行く坂道をあがっていったとき、地元の人々は、わたしに聴こえる程度の声量で、ひそひそ話をしていた。
「あの夢野とかいう小娘……この寺を破門されたんじゃなかったかしら」
「佐幕派をこき下ろして新しい国への革命とやらに〈かぶれた〉灰澤の一味の一人でしょ、あの小娘」
「そうそう。地元の恥さらしだわ」
投げかけられる言葉で、わたしは気がおかしくなりそうになる。
確かに、多賀郡は佐幕派と尊攘派で真っ二つに割れた。
この菩提寺は、穏健派だった。
ことなかれの中にいる、烈しい革命の士、灰澤瑠歌。
坂の途中の花屋で供える花束を買うと、店員はひとこと、
「お気をつけて」
とだけ言って、早々に店の奥へと引っ込んでいった。
ここに、この土地特有の問題がある。
人々が対立していたのは、まだ風化していない。
生々しい傷跡を残したままの、多賀郡。
土地としては、他の地域からは〈忘却〉されつつある。
「盛夏は、どう思っているのかな」
決まり切ったことでも、口をついてしまう。
先生の遺志を継いだのが、鏑木盛夏だ。
悔しさも、憎しみも、たくさん感じ続けて生きているだろう。
先生のお墓に手を合わせ、目を瞑る。
「夢野壊色さん、でしか?」
と、特徴のある語尾で、高い声の女性が声を後ろからかけてきた。
振り向くと、そのズボンをサスペンダーで留めた彼女は、微笑むながらハンカチをわたしに差し出す。
「泣かなくていいでしよ。あたしも、もらい泣きしてしまうじゃないでしか」
茶目っ気のある口調で彼女は言う。
「獅子戸雨樋(ししどあまどい)と言います。出版社の編集者を生業にしてるでしよ」
差し出されたハンカチを貰い、涙を拭いた。
好意に甘えよう。
泣きはらしながら、会話はできないから。
「同人雑誌『新白日』の編集をまかされましてでし、ね。それで、魚取さんに訊いたところ、ここに来ている、と言われたのでし」
「魚取漁子が……。そう。あの子、わたしになにも話さないし、ここに来ていること知ってるとは、驚きだわ」
「魚取さんは、十王堂高等女学校のメンバー主体で同人雑誌が出来ることに関して、編集などをあたしに一任してくれたのでし」
「ああ。そういやわたしも同人のメンバーね」
「ここへはお泊りで?」
「いえ、日帰りです」
「海鮮丼を食べてから帰りませんでしか。おごります、会社のお金でしが」
「そうね。山を下りて、海で海鮮丼を食べてから、〈黎明地区〉には戻りましょうか」