Let Love Rule【2/5】

文字数 1,142文字





〈和の庭〉、斜陽地区。
 その一角に、幼年学校を卒業後、アナーキズムの書物の刊行を行う出版社を立ち上げた女性がいた。
 彼女の名前は、大杉幸(おおすぎさち)。
 女中として奉公に出されている近江キアラ(おうみきあら)と、二人暮らしをしている。
 その出版社〈売文堂〉の門を、西の大きな港町からノックするため、朽葉コノコは、手提げかばんひとつだけ持ってやってきた。
 手提げの中には、大杉幸が執筆した『アナァキズム』と題された書物を、入れている。

「大杉先生! お会いしたいのだ!」

 玄関を開けて、近江キアラが、その姿を現す。
「なんだい、騒々しい。あたいも忙しいし、先生はもっと忙しいわ」
 尋常小学校に通っていてもおかしくないような背の高さとあどけなさの残る顔をした、不愛想な表情の女の子、近江キアラは、朽葉コノコの姿を認めた直後、持ってきた塩を玄関先に蒔いた。
「ひどい扱いなのだ!」
「仕方ないでしょ、先生のファンでも、家に押しかけるのは許さない。あたいと先生の、愛の巣に踏み入れたら、その足をもぎ取るわよ?」
「お、お、お、おどしなどにはかからないのだ! 大杉幸先生を出すのだ!」
「なんで先生をお呼びしなきゃならないの、この田舎娘!」

 コノコは手提げから書物を取り出し、口に出して読む。

「近代機械術の合言葉、それは〈思い切ってやってみろ〉だ。近代機械術の歴史は『大胆、そしてまた大胆に』の言葉の変遷に過ぎない。その大胆さは、文学、美術、戯曲や音楽にも及ぶ」

「ひとのうちの玄関で朗読しないで! バカ娘!」

「心が諸君の言うままに、大胆に話せ、大胆に書け、大胆に描け、大胆に作曲しろ!」

「あー、だからなんなのよ、このとんちき!」

 コノコは胸を張る。
「大胆に、思い切って、行動に移してみたのだ! だから、こーこーにー、来たのだぁぁー!」



 すると、呵々大笑しながら、和服姿のひとが、家の奥から現れた。
「君。名前は?」

 慌てる近江キアラ。
「先生! 関わっちゃダメな人間ですってば!」

「いいから、いいから。近江くん。君。名前は?」


 コノコは、流行の大きなリボンをぷるん、と頭の上で震わせ、答える。
「わたしはコノコ。朽葉コノコ。空っぽな自分に、思想を注ぎ込むために、やってきたのだ、大杉幸先生!」


「なるほど、そうか。あたしが、大杉幸。見た通りのアナーキストの女性さ。まずは靴を脱いで上がり給え」

「先生……。あたいと先生の愛の巣に若い燕がやってきた……ッ!」

「遠慮なくお邪魔するのだ!」


 歯車は、こうして回っていく。
 まるで必然であったかのように。

 朽葉コノコは、大杉幸と、こうして出逢う。


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登場人物紹介

鏑木盛夏(かぶらぎせいか):退魔士。私塾・鏑木水館塾長。

夢野壊色(ゆめのえじき):十王堂高等女学校〈用務員先生〉。下宿、西山荘に住む。旅人。

雛見風花(ひなみふうか):鏑木邸に住む、盛夏の小さな恋人。

長良川鵜飼(ながらがわうかい):私塾・長良川江館の息女。壊色に同行し旅をしていた。

苺屋かぷりこ(いちごやかぷりこ):カフェー〈苺屋キッチン〉の女給。

朽葉コノコ(くちはこのこ):元気いっぱいの女の子。

佐原メダカ(さはらめだか):ドジっ子。コノコを「姉さん」と呼ぶ。

空美野涙子(そらみのるいこ):空美野財閥の一人娘。ガラが悪い。

魚取漁子(うおとりりょうこ):タイピスト。

やくしまるななお:下宿・西山荘の管理人。

やくしまるななみ:下宿・西山荘の管理人、やくしまるななおの妹。

近江キアラ(おうみきあら):長良川江館の塾生。

金糸雀ラピス(かなりあらぴす):ラズリの妹。保健室登校。にゃーにゃーうるさい。

金糸雀ラズリ(かなりあらずり):ラピスの姉。風紀委員会委員長。涙子が好き。

園田乙女(そのだおとめ):黎明署の刑事。ヨーヨーを武器にする。

白梅春葉(しらうめはるは):殺人鬼。十羅刹女の能力を持つ。

鴉坂つばめ(からすざかつばめ):〈魔法少女結社・八咫烏〉のメンバー。

御陵初命(みささぎはつめ):十王堂高等女学校の生徒会長。

武久現(たけひさうつつ):絵葉書屋。電脳ゲームデザイナー。

獅子戸雨樋(ししどあまどい):編集者。

吉野ヶ里咲(よしのがりさき):政治結社〈黎明派〉の首領。

大杉幸(おおすぎさち):無政府主義者の首領。

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