Without A Doubt【1/3】

文字数 1,181文字

 望まれないで生まれてきた子供だった。

 父と母は、わたしを〈失敗作〉と決めて捨て去った。

 次に生まれてきた弟を〈成功作〉とするために、父と母は、弟を、それは大事に大事にと育てた。

 わたしの居場所なんて、最初からなかった。

 もし〈先生〉に拾われて『水兎学』を学ぶことがなかったとしたら。

 わたしは間違いなく〈自壊〉してしまっただろう。

 いや、壊れているからこそ、わたしは〈夢野壊色〉なのだけれども。







 わたしは部屋の中で気を失っていたらしい。
 起き上がり、左手首を見る。
 何度もためらいながら切った傷跡が、生々しく残っていて、もちろん痛い。
 畳には、今回も大量の血液を吸ってもらってしまった。
 これ、畳、腐ってしまうのじゃないかしら。
 手首を切ったあとにカルモチンを服用したけど、オーヴァードゥーズには達しなかったらしい。
 気を失っている間に、吐き出したようで、口から出した水とカルモチンの粉も、血液と一緒に、畳の上にべっとり水たまりをつくっている。

「わたし、バカなのかしら」

 窓の外でスズメがちゅんちゅん鳴いている。
 日が昇ってきている。
 そして、逆行を浴びて、仁王立ちしている、あいつがいる。
 カーテンを開けたのは、こいつね。
 わたしを見下ろしているこいつは、静かに言う。

「あなたは、バカよ。間違いなく、ね」

「いつ、部屋に入ってきたの、盛夏?」

「昨日は水館に顔を出さなかったから、気になって数時間前からここにいさせてもらっているわ」

「へぇ……」

「過剰摂取は、あちしの可愛い風花が、あなたのみぞおちに何度も拳を入れまくったから、吐き出せたの。感謝しなさい。胃洗浄は嫌でしょう?」

「雛見風花……あの娘が、わたしを助けるなんてね。笑える」

「風花は、医学を学んだわ。途中で辞めたけれどね。医学の徒は、患者を死なせようとはしないはずよ、少なくとも、風花の流儀では、〈生き永らえさせる〉のが、医学ね」

「そう……」

「今でも、死にたい?」

「助かりたいわ。この世界で、わたしだけが助かりたい。あとの人間は、苦痛で眼を腫らしながら死んでいってほしいって、願ってるわ」

「飛んだ平和呆けね」

「平和、ねぇ。退魔士としてはどーなのさ。今が平和って、言える?」

「生きなさい、壊色。水兎学が、また役に立つことがあるわ、間違いなく」

「間違いなく、か」

「もう朝よ。水館では合宿中の〈あの娘たち〉が、心身統一のために、掃除をしていることでしょう」

「寺子屋ね」

「私塾と言ってほしいわ、壊色」

 手を差し出す盛夏。

「そうね、盛夏」

 その手を握って、起き上がるわたし。
 わたしはまだ、やるべきことがあるらしい。
 今回もわたしは、生き延びたのだった。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

鏑木盛夏(かぶらぎせいか):退魔士。私塾・鏑木水館塾長。

夢野壊色(ゆめのえじき):十王堂高等女学校〈用務員先生〉。下宿、西山荘に住む。旅人。

雛見風花(ひなみふうか):鏑木邸に住む、盛夏の小さな恋人。

長良川鵜飼(ながらがわうかい):私塾・長良川江館の息女。壊色に同行し旅をしていた。

苺屋かぷりこ(いちごやかぷりこ):カフェー〈苺屋キッチン〉の女給。

朽葉コノコ(くちはこのこ):元気いっぱいの女の子。

佐原メダカ(さはらめだか):ドジっ子。コノコを「姉さん」と呼ぶ。

空美野涙子(そらみのるいこ):空美野財閥の一人娘。ガラが悪い。

魚取漁子(うおとりりょうこ):タイピスト。

やくしまるななお:下宿・西山荘の管理人。

やくしまるななみ:下宿・西山荘の管理人、やくしまるななおの妹。

近江キアラ(おうみきあら):長良川江館の塾生。

金糸雀ラピス(かなりあらぴす):ラズリの妹。保健室登校。にゃーにゃーうるさい。

金糸雀ラズリ(かなりあらずり):ラピスの姉。風紀委員会委員長。涙子が好き。

園田乙女(そのだおとめ):黎明署の刑事。ヨーヨーを武器にする。

白梅春葉(しらうめはるは):殺人鬼。十羅刹女の能力を持つ。

鴉坂つばめ(からすざかつばめ):〈魔法少女結社・八咫烏〉のメンバー。

御陵初命(みささぎはつめ):十王堂高等女学校の生徒会長。

武久現(たけひさうつつ):絵葉書屋。電脳ゲームデザイナー。

獅子戸雨樋(ししどあまどい):編集者。

吉野ヶ里咲(よしのがりさき):政治結社〈黎明派〉の首領。

大杉幸(おおすぎさち):無政府主義者の首領。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み