Without A Doubt【1/3】
文字数 1,181文字
父と母は、わたしを〈失敗作〉と決めて捨て去った。
次に生まれてきた弟を〈成功作〉とするために、父と母は、弟を、それは大事に大事にと育てた。
わたしの居場所なんて、最初からなかった。
もし〈先生〉に拾われて『水兎学』を学ぶことがなかったとしたら。
わたしは間違いなく〈自壊〉してしまっただろう。
いや、壊れているからこそ、わたしは〈夢野壊色〉なのだけれども。
☆
わたしは部屋の中で気を失っていたらしい。
起き上がり、左手首を見る。
何度もためらいながら切った傷跡が、生々しく残っていて、もちろん痛い。
畳には、今回も大量の血液を吸ってもらってしまった。
これ、畳、腐ってしまうのじゃないかしら。
手首を切ったあとにカルモチンを服用したけど、オーヴァードゥーズには達しなかったらしい。
気を失っている間に、吐き出したようで、口から出した水とカルモチンの粉も、血液と一緒に、畳の上にべっとり水たまりをつくっている。
「わたし、バカなのかしら」
窓の外でスズメがちゅんちゅん鳴いている。
日が昇ってきている。
そして、逆行を浴びて、仁王立ちしている、あいつがいる。
カーテンを開けたのは、こいつね。
わたしを見下ろしているこいつは、静かに言う。
「あなたは、バカよ。間違いなく、ね」
「いつ、部屋に入ってきたの、盛夏?」
「昨日は水館に顔を出さなかったから、気になって数時間前からここにいさせてもらっているわ」
「へぇ……」
「過剰摂取は、あちしの可愛い風花が、あなたのみぞおちに何度も拳を入れまくったから、吐き出せたの。感謝しなさい。胃洗浄は嫌でしょう?」
「雛見風花……あの娘が、わたしを助けるなんてね。笑える」
「風花は、医学を学んだわ。途中で辞めたけれどね。医学の徒は、患者を死なせようとはしないはずよ、少なくとも、風花の流儀では、〈生き永らえさせる〉のが、医学ね」
「そう……」
「今でも、死にたい?」
「助かりたいわ。この世界で、わたしだけが助かりたい。あとの人間は、苦痛で眼を腫らしながら死んでいってほしいって、願ってるわ」
「飛んだ平和呆けね」
「平和、ねぇ。退魔士としてはどーなのさ。今が平和って、言える?」
「生きなさい、壊色。水兎学が、また役に立つことがあるわ、間違いなく」
「間違いなく、か」
「もう朝よ。水館では合宿中の〈あの娘たち〉が、心身統一のために、掃除をしていることでしょう」
「寺子屋ね」
「私塾と言ってほしいわ、壊色」
手を差し出す盛夏。
「そうね、盛夏」
その手を握って、起き上がるわたし。
わたしはまだ、やるべきことがあるらしい。
今回もわたしは、生き延びたのだった。