Let Love Rule【5/5】

文字数 1,257文字






 吉野ヶ里咲との討論会では敗北を喫した大杉幸は、その後のことを考えた。
 答えを自分の中でだけ出した幸は、ある日、突如、同居状態の近江キアラと朽葉コノコの二人に、
「モガにしてやるよ」
 と、言って、帝都へと連れて行った。

 日比谷に一軒だけある西洋人の経営する「美容院」へと、二人を連れていった。
 キアラとコノコを椅子に座らすと、幸は、
「短髪にしてやってくれ」
 と、その店のひとに言う。
 言われた彼女は青い目を丸くしたが、頷く。
 躊躇いを捨てた美容師は、二人の長い髪をザックザックと切り落とす。
 髪を結っているのが普通の頃だった。
 ショートカットになった二人は驚き、幸は満足げに微笑んだ。
 美容師も、愛想笑いをして、
「お代は結構です」
 と言って、客であるコノコたちを追い出した。

 次に、麹町に待合バスで移動した。
 ここにある婦人服を売る店に、幸が馴染みの〈洋服屋〉があり、頼めばカスタムした注文も承る、と幸に返したらしい。
 注文すればつくってくれる、というのを良いことに、幸は、ワンピースを洋服屋につくってもらった。
 白いワンピースは近江キアラに、ピンクのワンピースは朽葉コノコに。

 モガ。
「モダンガール」の略称である。
 コノコとキアラは、あっという間に、モダンガールになった。

「いいだろう、モガも。これからは婦人の時代にしようじゃないか」

 モダンガールになったコノコとキアラを連れて、銀座の街を歩く幸。

「お姉さま、わたしは嬉しいのだ!」
 コノコは興奮した面持ちで言う。
 一方のキアラは、おどおどしている。
「一体、どうなされたのです、先生?」


 キアラのおどおどした顔を覗き込んでから、幸はキアラの頭を撫でた。
「あたしは二人を高等女学校に入れることにした。寄宿舎の全寮制だ。ちなみに、学費も全て支払い済みだ」

「先生、あたいは先生が好きです、そばに居させてください、それがあたいのしあわせなのですからッ!」

「決定事項だ。全額支払ったって言っただろう。あたしの顔に泥を塗る気かい?」



 ……………………。
 …………。
 ……。

 入学する少し前、あの〈震災〉に巻き込まれ、大杉幸はどさくさに紛れるようにして憲兵隊に殺された、という。

 寄宿舎へ入寮してしまっていたコノコたちには、本当のことはわからない。

 近江キアラは、思想を磨くために、寄宿舎へ入ったと同時に、〈夜間地区〉の長良川江館へも、入塾した。

 土蜘蛛の立場にあった大杉幸の女中であった近江キアラがなぜ、土蜘蛛を目の敵にする水兎学派の中へと入っていったのかは、コノコにもわからない。

 でも、今、鏑木水館に入塾している立場になると、コノコにも少しずつ見えてくるものもある。

 コノコとキアラ。

 二人はそれぞれ、この潮流に、なにを見出すのだろうか。

 それを見極めるには、まだ早い。

 だって二人は、今を謳歌する女学生なのだから。



〈了〉
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登場人物紹介

鏑木盛夏(かぶらぎせいか):退魔士。私塾・鏑木水館塾長。

夢野壊色(ゆめのえじき):十王堂高等女学校〈用務員先生〉。下宿、西山荘に住む。旅人。

雛見風花(ひなみふうか):鏑木邸に住む、盛夏の小さな恋人。

長良川鵜飼(ながらがわうかい):私塾・長良川江館の息女。壊色に同行し旅をしていた。

苺屋かぷりこ(いちごやかぷりこ):カフェー〈苺屋キッチン〉の女給。

朽葉コノコ(くちはこのこ):元気いっぱいの女の子。

佐原メダカ(さはらめだか):ドジっ子。コノコを「姉さん」と呼ぶ。

空美野涙子(そらみのるいこ):空美野財閥の一人娘。ガラが悪い。

魚取漁子(うおとりりょうこ):タイピスト。

やくしまるななお:下宿・西山荘の管理人。

やくしまるななみ:下宿・西山荘の管理人、やくしまるななおの妹。

近江キアラ(おうみきあら):長良川江館の塾生。

金糸雀ラピス(かなりあらぴす):ラズリの妹。保健室登校。にゃーにゃーうるさい。

金糸雀ラズリ(かなりあらずり):ラピスの姉。風紀委員会委員長。涙子が好き。

園田乙女(そのだおとめ):黎明署の刑事。ヨーヨーを武器にする。

白梅春葉(しらうめはるは):殺人鬼。十羅刹女の能力を持つ。

鴉坂つばめ(からすざかつばめ):〈魔法少女結社・八咫烏〉のメンバー。

御陵初命(みささぎはつめ):十王堂高等女学校の生徒会長。

武久現(たけひさうつつ):絵葉書屋。電脳ゲームデザイナー。

獅子戸雨樋(ししどあまどい):編集者。

吉野ヶ里咲(よしのがりさき):政治結社〈黎明派〉の首領。

大杉幸(おおすぎさち):無政府主義者の首領。

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