Run Like Hell【4/7】

文字数 1,098文字





 ……一般的に、生きることに〈意味がある〉っていうのはそこに「終わり」「目標」「使命」などがあって、〈そこ〉に向かっているからってことが大半だろう。
 ……だがそんなものは本当はなくて、永劫の時間が意味もなく円環的に回っているだけだとしたら……。
 ……そうしたら一切は徒労で、その世界のありようは人々を萎えさせる。
 ……だからギリシア人にとって永劫回帰とは生存の苦悩を〈意味〉した。
 ……インド人はそこから解脱するために涅槃を見つけた。
 ……ところが西洋では、キリスト教は永劫回帰の思想を否定した。
 ……時間を天地創造から最後の審判までに限ることで、〈生存〉に〈意味〉を与えたんだ。
 ……それは〈苦悩からの解放〉、つまり〈福音〉として迎えられた。
 ……だが。
 ……ニーチェは千八百年に渡るその伝統の重圧を払いのけ、福音の〈禍音性〉を大胆に暴露した。
 ……現代人に対し、ニヒリズムの克服は〈永劫回帰というニヒリズムのこの極限形式を積極的に肯定することなしにはあり得ない〉と、力説したんだ。

 ……まあ、ニーチェは生前、理解してもらえず、路上で発狂しちまったがな。


 ……ニーチェの超人思想の根本にあるのが、永劫回帰だ。
 ……ニーチェは、「神は死んだ」と言った。
 ……有名だろう、この言葉。
 ……神は死んだとは、どういう意味を表すのか、だな。
 ……そいつはこうだ。


 ……もし神が人間をつくったならば、人間がなんであるかの、その人間の本質と使命は定められているはずだ。
 ……だが、「神が死んでしまったこの世界」を仮定してくれ。
「すべての神々が死んでしまった世界」の人間は、その本質と使命は定められていない。
〈世界〉は『力への意志』であり、〈人間〉もまた『力への意志』だ。
 ……決して力への意志を〈ただの人間〉が持っているのではない。
 ……持っているのは〈超人〉だ。
 ……超人とは力への意志であるような人間、なにものかであるような自己を絶えず超越し、絶えず創造しなおす人間の謂いだ。
 ……ニーチェが超人を〈教えたその真意〉とは。
 ……自己を越える行為への積極的意志を、言い換えると「大地の意味」であり得るその意志を、主体としての超人の理念を介して、人々の心に喚起することにあった。
 ……そう言われているのさ。

 ……神がいない、意味なき世界の意味のなさを克服できるのが〈超人〉で、彼らは〈永劫回帰〉を〈生きる〉ことができる。



「ふぅ。熱燗が冷めちまったな」
 かぷりこは一気に講釈したあと、大の字になって、畳の上に寝転んだ。


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登場人物紹介

鏑木盛夏(かぶらぎせいか):退魔士。私塾・鏑木水館塾長。

夢野壊色(ゆめのえじき):十王堂高等女学校〈用務員先生〉。下宿、西山荘に住む。旅人。

雛見風花(ひなみふうか):鏑木邸に住む、盛夏の小さな恋人。

長良川鵜飼(ながらがわうかい):私塾・長良川江館の息女。壊色に同行し旅をしていた。

苺屋かぷりこ(いちごやかぷりこ):カフェー〈苺屋キッチン〉の女給。

朽葉コノコ(くちはこのこ):元気いっぱいの女の子。

佐原メダカ(さはらめだか):ドジっ子。コノコを「姉さん」と呼ぶ。

空美野涙子(そらみのるいこ):空美野財閥の一人娘。ガラが悪い。

魚取漁子(うおとりりょうこ):タイピスト。

やくしまるななお:下宿・西山荘の管理人。

やくしまるななみ:下宿・西山荘の管理人、やくしまるななおの妹。

近江キアラ(おうみきあら):長良川江館の塾生。

金糸雀ラピス(かなりあらぴす):ラズリの妹。保健室登校。にゃーにゃーうるさい。

金糸雀ラズリ(かなりあらずり):ラピスの姉。風紀委員会委員長。涙子が好き。

園田乙女(そのだおとめ):黎明署の刑事。ヨーヨーを武器にする。

白梅春葉(しらうめはるは):殺人鬼。十羅刹女の能力を持つ。

鴉坂つばめ(からすざかつばめ):〈魔法少女結社・八咫烏〉のメンバー。

御陵初命(みささぎはつめ):十王堂高等女学校の生徒会長。

武久現(たけひさうつつ):絵葉書屋。電脳ゲームデザイナー。

獅子戸雨樋(ししどあまどい):編集者。

吉野ヶ里咲(よしのがりさき):政治結社〈黎明派〉の首領。

大杉幸(おおすぎさち):無政府主義者の首領。

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