Spirit Rejoice【2/3】
文字数 1,798文字
円タクに乗った。
円タクとは、一円均一で市内特定地域を走るタクシーのことである。
浅草まで乗ろうと思って乗ったのだが、円タクは〈斜陽地区〉までまっすぐ向かっていく。
わたしもわたしで、スキットルでちびちび飲んでいたウィスキーで酔っていたので、なにも言わなかったのが悪かったのかもしれない。
「霊界タクシーが人を誘拐し、そのまま彼岸の果てまで連れていってしまう」
という、都市伝説があるのを忘れていた。
途中、うとうとして眠ってしまったわたしは、斜陽地区からさらに北の、葦穂山まで連れていかれてしまった。
あ、葦穂山……。
和の庭の外部じゃないか……。
「〈朧車(おぼろぐるま)〉ね」
と、わたしは運転手に言った。
朧車。
鳥山石燕による江戸時代の妖怪画集にある日本の妖怪の一つで、牛車の妖怪。
そして、朧車は、〈おぼろ〉であり、わたしが運転手に声をかけると、消えてしまった。
葦穂山のふもとに独りで、今、立っている。
葦穂山は、風土記に出てくる地名で、油置売命(あぶらおきめのみこと)という女神の岩屋があった場所だ。
霊験あらたか、ではある。
が、深夜帯に、こんなところに来たくない。
帰りたい。
女神の岩屋でも探すか。
いやいや、待て待て。
女性一人で山のふもとにいる。
ヤバくないか?
考えるまでもなく、さっきの朧車という魔性は、土蜘蛛が使役したものだ。
「わたしをここまで連れてきた理由が、ある……のかな」
「ありますよ」
ペンで横に一直線に線を描いたようなほそい目に、にやついた笑みを浮かべ、和装をした女性が、後ろの方から声をだした。
振り向く。
「ようこそ、〈折鶴旅団〉の地へ」
「お、折鶴旅団?」
「あなた方がお探しであろう〈天狗を名乗る土蜘蛛〉ですよ。我々は、構成員を、天狗と呼称していますから」
待て。
聞いたことがある。
うーん。
あ。
思い出した。
「〈国本主義〉結社ね」
「そうです。国本、及び、招魂会の者たちです」
「国本主義は国粋。なぜ、政府に盾突く土蜘蛛に?」
「『国賊は殺す』。一人一殺ですよ」
「国賊……?」
「そう。例えば、〈黎明派〉などです。夢野さん。吉野ヶ里咲だけでなく、あなたのお友達の、鏑木盛夏も、ですよ」
「…………」
「ああ、申し遅れました。わたくし、国本主義結社・折鶴旅団の折鶴千代です。以後、お見知りおきを」
「わたしに、なにか用なわけ?」
「いえ、顔合わせ、ですかね。わたくしとあなたは、『こうして出逢った』という〈事実〉が欲しかっただけです」
「なぜ、わたしに」
「あなたが旅で得たなにか、知りたかっただけです」
「嘘ね」
「そうとも言える」
「どういうことよ」
「我々の本分は〈招魂〉にあります。あなた方の師である灰澤瑠歌も、わたくしたちが祀る英霊の一人です」
「余計とわからない」
「本当の敵が誰か、ということを、考えて。なぁに、あなたならばわかりますよ。そう信じています」
「まるでカルトね」
「ふふ。我々は幻魔術も魔性の使役もするということを、お忘れなく」
「これは、……脅し?」
「違いますよ、〈壊色姉さん〉」
「!」
目の前の人物、折鶴千代は、声音を変えて、わたしを〈姉さん〉と、呼んだ。
その声は。
「……折鶴千代。あなた、もしかして」
「そうですよ。生き別れのあなたの〈弟〉が、わたくしです」
「だって、あなた、女性……」
「性転換くらい、したってどうということないでしょう」
「性転換?」
あはは、と笑う折鶴。
「嘘ですよ。わたくしは生まれたときから女性ですよ。母があなたの〈弟〉として育てただけの話です。海外に遊学に行くのに、女性では、なかなか行かせてくれませんからね」
折鶴が指を鳴らすと、また朧車が湧きあがり、形を成す。
指を鳴らすだけで幻魔術を使えるというのは、相当の手練れだ。
「さ。また帰ってください。言ったでしょう。会うという事実が欲しかっただけです」
「なんの狙いよ」
「また〈えにし〉が出来た、という、それだけです」
……えにし、か。
そもそも姉妹なのにね。
いまさら縁もなにも、ないとは思うけれども。