Penitentiary Philosohy【3/3】
文字数 1,752文字
わたしが編集者・獅子戸雨樋と黎明地区にある私塾・鏑木水館へ戻ると。
鏑木水館の講堂では、門下生である朽葉コノコが塾長である鏑木盛夏に喰ってかかっていたところだった。
「だいたい、塾長はなんで塾長をやっているのだ。どんな資格があるのだー」
「ひとことで言うと、先代に任されたからよ」
「先代とは誰なのだ。任されたとは、どういうことを以て任されたとするのだー!」
いつになくヒートアップするコノコ。
隣に座っている佐原メダカがあわあわして、ヒートアップするコノコを止めようとしているが、無理なようだった。
「先代の遺志を次いで、〈魔性(あやかし)〉を調伏させる短刀〈蜘蛛切〉を託されたのがあちしなの。まあ、先代の〈蜘蛛切〉は、長刀だったけどね」
「魔性を調伏する、とはどーいう意味なのだ!」
「魔性を〈エリミネート〉することよ。即ち、斬る」
「魔性を斬って、人間である〈土蜘蛛〉も、同じように斬る。それは人間を魔性と同じように扱っていることになるのだ。人間は、魔性じゃないのだ!」
「わからない子ねぇ。アヤカシとしての土蜘蛛は〈人域〉を侵す。まつろわぬ者としての土蜘蛛も、〈国〉を乱す。それを是正して、あるべき姿に戻すのが、あちしの、先代から受け継いだミッションよ」
「そんな説明じゃ水兎学は、ひとを殺す過激思想と言われても仕方がないのだ!」
「まつろわぬ者は魔性を使役するし、まつろわぬ者自体も、魔性化していってしまうのよ。術式……〈幻魔作用〉の使いすぎで、ね」
「幻魔作用? 御国に逆らう者はみんな魔性や魔性化するとでも言うのか、塾長。それはおかしいのだ」
「革命思想になってしまったのは、認めるわ。でも、水兎学派は、退魔士として舞台裏で魔性や魔性使いと戦っていたのは、事実よ」
「ここで学ぶことは、人斬りの思想なのだ! 嫌なのだ!」
「それは違うわ」
「どう違うと言うのだ」
「水兎学のベースになった、とある『日本史』について語るわね」
…………人間社会の動向は、天の理法に支配されている。
…………史実をありのままの姿で記述さえできれば、そこには自ずから歴史を貫く天の理法が人々の前に示される。
…………これが道徳上の教訓ないし政治上の鑑戒となる。
…………そう考えるのが儒学の歴史観の基本であり、『日本史』および〈水兎学〉の理念はそれを表明している。
「詭弁なのだー!」
「文武を学ぶ〈小〉と、学んだことを現実で実践していく〈大〉が、水兎学にはある。今はただ、学びなさい。必ずや役に立つわ、朽葉さん」
「むぅー」
講堂の後ろの扉から入ったわたしの横で、獅子戸雨樋は苦笑する。
「あの激しい娘が、朽葉コノコ、でしか」
これから同人雑誌の会合を、編集者も交えて行うことになる。
でも、一筋縄ではいかないな、と思うわたし。
「そういえば、吉野ヶ里咲が、わたしと朽葉コノコちゃんが同人になったのに興味があるようだ、って盛夏が言ってたわね」
わたしが呟くと、獅子戸雨樋はくすくすと笑った。
「吉野ヶ里先生は、夢野さんのことを、だいぶ気にいっているようでし。あと、コノコさんも、ね」
「それは、どういう意味で?」
「まあ、今日は塾が終わったら同人のみなさんで汁粉屋に行きましょう。汁粉屋〈キャラメル善哉〉。席は取ってあるでしから」
飛び立てないわたしも、いつか翼が開いて大空を飛ぶことができるのではないか、と思っていた。
未だにそれは出来ないのだけれども、大空がどんなに綺麗で、それでいて残酷かは知ってるつもりでいる。
その一端を垣間見た人生だったから。
百貨店の屋上のフェンスにしがみつきながら街を見下ろすあの酩酊する感覚と、文章を書く感覚はどこか似ている。
「この地上は、監獄に似ている……。大空に、憧れるだけ憧れるけど、決して届かない、届かせない、そんな監獄に」
同人雑誌はもしかしたら、その酩酊とともに、大空へ飛翔するきっかけを与えてくれるのかもしれない。
そんな希望的観測をして、わたしは、壇上で続ける盛夏の講義に聞き入りながら、眠気が襲って来るのにその身を任せた。
〈了〉