第22話 文明のはだか、衣服のデザイン

文字数 2,608文字

 風で椅子がギシギシ言う、あの椅子だ。部屋の掃除をしなければならない、そう思うと逆に身体がだるくて、する気が起きなくて、床に仰向けに寝転んだ。
 流し台、トイレ、玄関、ソファ、ベランダ、ベランダにはあの椅子と月下美人、蕾つくはまだ早く、相談相手になろうにも溜息ばかり吹きかけてしまっている。「ごめん」

 目が痒くて反射光に椅子の脚がチカチカ光るのに、何だろう、消えかけの希望は糠喜びの強欲さを知らず、必要最低限のパン、ワイン、砂糖、一箇所だけ金具が座席の底と脚を楔打っている。

 ギシギシ言うのがこれのせいだと当たりをつけ、ベランダでネジ回しを傍らの工具箱から取り出し、汗稼いで日が痛くて腕で額を拭い、日食中心線図、子供の頃思い描いた夢、まぶたが重くて、願う気持ちばかり強く、宇宙を救う主人公にはなれなくて、汗が目に痛くて、「喉が渇いたな」想う頃、あきらめにフト、きつくネジを締めるはずがうっかり逆に外してしまっていた。

 いずれにしろそうしただろうが一つ、置くように溜息をついた。その呼吸の云の手で目の前に在ったそれが形状を崩し、謂わば触りがたき形見とでも眺めてきたこのハイカラなだけの物体が瞬端に鈍い音を重ねて内側に倒れこむように与えられた、与えられたはずの役割を放棄した。

 ルールや約束ごと、彼女がいつか「ドジだねえ」って、僕のこと、どっちのことを言うのかことさら読めずに言うものだから、毎度の予言と思えば馬鹿馬鹿しくて、口癖だったな、ってほとほと座り込んでうなだれてしまった。コンクリート床に汗が染みを作るのに、

指でなぞると、T、E、W、L、S、、、、

P、T、N、、、、

家具が作られるのに部品が必要で、部品には設計図が必要だ。



 少しだけ持論及び既刊の作品解説に入る。

「(移動する浮遊都市と黄昏、人波濤のヴォードヴィル)」

 背景に、人類の夢および宇宙都市への「高揚」と捏造説・ムーン・ホークス(Moon Hoax)説の反米「主観」の憧憬とその膨張がみられる。
 人類は、高度情報システムに依る「ナショナリズム」の台頭と「民意」と呼ばれる非暴力的支配層の偽善的不可逆主義の対立に煽られ、美術館の深い地下室へ顔の無いレジスタンスの生き残り、火をくべて話すことと言えば「時代朔流型逸話アンソロジー」の目的と、目的格としての伝播体「通説」各メルクマール建立の歴史、われわれは何処から来て何処へ行くのか、樹木の根を齧りながら見果てぬ葉先に夢を紡ぐ。夜ごとサーカスの明かりでどんより夢を眺めている。

 蝋燭に照らされた絵画は語る、「神話」に見るバベル塔の「末路」、崩壊する「民族」及び散らばった地域世界観の「信奉」は口に出されず保存され、一ヶ所に情報的「社会」懐疑と陶酔的「自己」疑念が混濁する。
 地上に於き以前、人間により作り出された機械的バイオノイドは、ロマンス・バルーン失調症から歩行機能を故障し、我々が「日常」にファクシミルする、日ごろ畳語しているはずの、パッケージされた「生存をめぐる投擲アイデンティティ」と対立しながら、壁の内側で避けられない縦断的な星間終末を、日々の境目もわからず怯えもせず、知らずただひっそりと待っている。

 黄昏に(時間本能)自体が饒舌に喋りだし、「時間遺伝子」の説明する「現在因子」に由来を算する「未来分子と過去分子」は自由貿易を遊行する。我々は互いに恋をしながら恋を知らずに焦がれている。

 我々の切断面にこそ結晶その紋様が赤々と顕わとなり、笑うことも泣くこともその日限りの愉快しみで、彼ら我々は繰り返し埋没することに依り、知らず(真実)と、その(似性)という簡雑な張力の均衡を、遠巻きに気付かないように避けながら、日々、有閑に(移動する都市)を其れ々れ泡のようにパレードを以って往復する。街角の往来を眺めながら、いつのまにかパン屋でパンを売ったりして、切り分けられた世界を余すところなくまんべんなく愛おしく過ごしている。


 僕にとっての思惑は「理性」に依って「寓話性と神話性」を作り上げ安定した保存状態を永続することにある。
 根処たる「人類の知性」とは無論、(一般動植物の生存本能)を拡大延長し、極端狭義に従って尊大足ら占めるイーゴ(ego)、その経路的結論に「蛮性な誤解(Primitif formulaire)」と名付ける。パレイドリア(誤認)現象は認識の原初帰還への模索経路として回数(数的必要性)のうちに交通する。

 priorとしての「理性」は(原初本能)と(機械的知性)の[中庸]に移動を続ける。僕にとっての「独善性」とは、例えば動物と環境が拮抗値(均衡レイノルズ数)を奪い合う生物学的政治に嘱せず、既に清算された過度の期待を「規則性」に旅行したまま彼女を愛し続けることのみに、「狼狽状態(ラビラント経路)」を寡黙することで、僕の既存枯渇している「理性とその淘汰性」として見つくる。


 蜂蜜を知りはしても蜂の詩情や生態を考える余裕はなかった。喉は乾いても温いビールや冷めたコーヒーに生活のお節介焼きの責任はないのである。僕のわがままさえ偽りのレール、「思し召し」なる順規的安息のまま、自分だけの定められた充分の中で、灰皿が遠い、だからこそ成立している。



 空腹は思考を急がせる、整理して考えよう、作品には箱と中身が不可欠で、箱と中身には送り主が必要である。続いて云えば送り主とは企みと潜伏していく原因に帰属し、宛て先に機会と理由を任せる。日常には気付かれざる偶発性が蔓延し、明白と知られたる規則性が都市の地下部に深くひた隠される。

 この椅子の作者は今や当にその中間だけ僕に提示し、夏休みの宿題、長い長い夏休みに少年だった頃、終わりの見えない自由にその我儘奔放も折り重なる夕暮れに、はてはて頭を掻くに勤しみ、風で教科書のページが捲れるのも青春の風物、世界中の時計塔を破壊して、明日が来ないよう、この彼女の長文の一刹那のイタズラも、シャツの替え乾かして、一枚のスナップ写真のように小さな些事、区役所のごみ処理受付口に電話相談の、明日には他愛のないものと笑えたろう、でも疑り深い僕には土台無理だった。

 彼女が無言のメッセージにして宛て先は此処この僕に洩れなく、気がつけば大きな雲の影が通り過ぎ、大きな太陽がうなじをジリジリ焼いていた。


 椅子の部品は十七個あった。アルファベットの意味は分からずにいる。


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