第51話 最終章

文字数 2,902文字

 此処では「発見」があった。人々は其れを「理由」と名付ける。
 新宿の繁華街には夜が無く、まこと昼さえも歩くこと道迷えば砂漠の、星なく漠凌とした時間に都市と歩速をふたたび見つける、我々は未だ「原因」を究明できないまま「理由」ばかり稼いで暇で、それで彼女と午後の巴里の街角で気ままデートを、二人の条件に見合うまま過ごしている。

 鉛直線、プリンキピア、元素周期と族列、エネルギー法則、量子ミュージック、光速に代表される(速度信仰)、血液循環論から宇宙渦動論、インペタス理論とモルデント、モメントとエーテル、天球から人類が抜け出しティータイムに二重の移動をする、加えとりとめない「我なしに其がため我を探す」省察をする。

 レコードで音楽を聴こう、うまくないのに踊ろう、互いの位置はラジオに尋ねて感情の無い電子音の天気予報、数学には必要な範囲と実用性のない範型数学が一つになり、可能な絵画と目的としての絵画、モデルニテは遅れて付随する現在、生物は夜ねむり朝えさを探す、起きると彼女がコーヒーを沸かしていて二人の暗黙のルールに従い、それは無縁慮に一さじの砂糖で仄かに香る珈琲をすする。

 「おはよう」彼女が部屋に位置を確認すれば僕は、何人かの僕たちは既に其処へ、ずっと長いあいだ椅子に座ったままだったかのように重い瞼をこすって世界をつぶさに再確認する。夜空に星をさがし、夜空に名前を付ける。「今日は晴れ、何をしようか?」彼女が、洗濯物さんにも聞いてみて、笑いながら、既知の所在に僕たちは暮らしていて、そう誤解すれば紛れもなく僕たちが此処にいる「理由」には相違ない。そして忙しく、めんどくさくて、「元からあった話」、それを遠巻きに気付かれないように知ることなく、君が書いて僕が弾く毎日の「ニュートン譜」はカレンダーを間断なく隈なく謳歌する。



 ほとほと疲れながらシャンゼリゼの舗道を下っていくと幾個の瓦斯灯が夕闇に比例して照度を増し、都市のカリカチュアが立体を為すと「リナールの(名画)」となり、僕は明日向かう美術館思いひとり迂路迂路している。位置互換確認パルスは他の電磁波に混雑してしまい、交通情報と天気予報と目的地を洪水のようにこのアヴェニューに溢れさせている。

 僕自身も溺れて架空の分身を水底さがす。アイスクリーム屋が儲けて、日焼け止めやカフェテリアが人波の堤防となり、さらに沈む夕陽の煮えたぎる残照に、方角に、雲に、既に明日の朝食を献立する。
 当たり前の話だが、約束をする約束、も在り来たりな茶飯事となろう。残照の温もりは世の中の怖がりに毛布を掛け、凍ったキャンディーを口に入れ頬の内側の肌寒さに仮眠を摂らせる。

 明日行く予定の美術館は既にもう色を褪せている。(七色に浮かぶ虹)は喩えても溶ろけた街路には何も、砂漠も森林も海洋も都市や銀河の輪郭にさえ、彼女の天真爛漫な夢広がりに、不機嫌に振り回される僕があちこちに蔓延している。九月の彼女と虹の偏光(条態スペクトラム)は、前後一秒を待たずして風見鶏より気紛れだ。



仮説5  (理由解明)

整列を持たない提案に最大の干渉点を許可し、充分以上、過度の列式をエスケープメント(平然律)させる「不明代数」を相対した場合、n以下nを含む各分情報は完全相対域の潜伏から、条件に従って流動しながら(盗んだものを返し)、最適な(必要とされる)建築体として抽象され応答する(出現する)。

「ニュートン譜」に於いて彼女が僕に伴奏させたオペレッタは少なくとも2つ以上のレムニスケート・モデルから形成され、移動速度も定速と反速(純粋ではない速度)の2つを伴い、Eを測量調節しながらmに従ってポリフォニー、デクレシェンドする。mに作用する自動演奏の過程、居眠りモーダス・オペランディとも言える。この際、どのような経路を辿っても移動は定点に敷いたmに帰還する。

建造方法としての旋律式「N譜」はクラヴァール・スクリーボ位階に幾つかのE点(フェルマータ)を同列し、移動終点mへの帰路としての(ダイヤルボックス)となる。予め設計図を基にしたE軸に各役割を付与し、目的段階の順序性を遵守させる。記譜としての「N譜」は法則性を担い、蓋然した規則循環体それぞれをmへ還し、各Eターンから最高潮のターン、等分としての演目を「蓋然律」より保存する。この際「原因」は移動し、「結果」は停止している状態となる。



 思い出話として言えばベランダ洗濯物に隠れて僕がタバコを吸っていて、こっ酷く彼女に叱られ「冷凍庫にアイスがあるよ」横目でご機嫌取りするとバケツで水をかけられた。思わず笑ってしまい、彼女の後姿を眺めながら半渇きのタオルをひっぺいて、煙草を吸いたいからそうしたものだが、結論が分かりつつカーテンレールの裏の隠し煙草を取り出して火を着けた。二分後足音とバケツの水たわむ音が、よたよたと耳の後ろから呼吸荒く近づいてくる。


 設計図には完成した形而学的明証性が必要とされる。正解と誤報、野なり草木に柵見分くのに、その「設計図」ってやつを辿って僕は椅子を組み立てる。従って彼女を愛するに抱き占める空虚を口から溢し、落ち着くのに毎朝の目覚ましはとことん煩わしかった。

 宇宙は絶え間なく膨張する。続けて、何をそんなに腹を減らしているのか、トースト、コーヒー、ハムエッグ、サラダにテレビステレオが部屋に充満して、雀がバタバタ、カルガモ売店、彼女がワイン選びに迷ってなかなか帰って来ず、カップに溜め息の膜を作り、空に山吹色のクジラが浮かぶ、僕はそんなでたらめを愛している。Aさんがくだらない冗談で笑ってくれたこと、その口元の八重歯を思い出して僕は笑ってしまう。

 望遠鏡の中の夫婦喧嘩には現実感が湧かなくて、傍らの「木片」を寄せ集めながら空元気ふかせ、どなたか玄関チャイムが部屋を行き交い、定められた空間の中で、必要とされる時間を過ごし、小説家として空白を埋め合わせるのに「地図と磁石」で両手をふさぐ。組み立てる前の部品とそこから作られる未完成の作品、どちらかと言えば僕は今、目の前で揺れ動くでたらめを愛している。



 彼女の紹介が途中だった。うっかり空に訴えてしまっていた。
 となりで透明のお茶を少し、不機嫌そうに啜っている彼女は僕にとってこの世界よりも掛け替えの無い存在です。世界が許せば彼女はいつでもどこでも存在する。そして彼女がいなければそもそも世界なんてものは与えられない。
ふむふむ。
世界中どこへ行っても君のことを誇らしげに紹介するよ。
誇らしげ?
「彼女が僕の全てで、僕の世界そのものなんだ。彼女の不機嫌次第で僕の世界はまるごと全く違うものに変わってしまうんだって」
「私のこと?」
そう、彼女のこと
「それは怒っていいの?」
そう、君のことだから。
メモ帳の最後の一頁がタキシードの胸ポケットから見つかって、
Able when to get lips.
「キスしていいかい?(喩えば今)」
「(理由)は?」
「君が」あした目覚めるように。


    
                                        (FIN)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み