第13話 フレームの外で何がしかが写っている

文字数 1,825文字

 猫背がのっそり更にうつむいて歩いている、日銭の中に埋もれて所在なく通行人の靴ばかり足並みさえ個性を出し、雑踏として集合する窓のフレーム、祇園の音が遠くなればなるほど、通り雨水の蒸発、水に並木を落として、何事も既に済んだ日常に還れるような気分でいる。

 水溜まりがたゆみ、地面が力強く、背を伸ばし、一巻きのフィルムを、入道雲が夏に空に茜に君臨し、腕を伸ばして細目に仰げば太陽と白月が奪い合い、いつだったか、目にしらむ海岸線、貝殻を耳にあてがい、通信途切れなく、波音が脳中枢に泳いでいき脊柱でくるくる螺旋を描いて、心拍がゆんなり日曜日の昼下がりに移動し、待てども来ない夕暮れに苛立ち、小走りに、黄金色から斜陽の橙色、紫の縦に細く長く、汗を踏んで、地下鉄の入口前に氷水屋が店じまい、残った氷塊は役目を捨てられ、何か無性に虚しくなり、要らない筈の杞憂かかえてこの物語の行く末が恐ろしく、思い出し笑いは現実世界での敗残を意味した。

 どうしようもなく不安で、道端のガードレールに蹲って爪をカリカリ噛むと、通りすがる法被を着た子供達にそのことかは綿飴の片手たのしく、風の流れる囃子に乗せて転がるようにつぎつぎにクスクス笑われた。

 慣れないなあ、いつまでたっても慣れないよ、ライターを持って来て良かった、白煙の輪っか、喘息が出て汗が苦くて、アスファルトにひっくり返った氷水が、人通りの忙しなく、溶けて流れていくのに、十年前の写真広告を眺めながら夜の帳のチャイムが、宙空を平べったく外側に広がって行き懐かしみ、壊れたサンダルを一体どうしたものやら、プリント屋は営業中だが今から三十分後のその「答え」にもし君の言う何かしらの「理由」が、「原因」じゃないそれが、写されているものなら、三歳の明けに酒でも用意して、今更ながらこちらこそ部屋でその「地図」って、これから何とかやっていく希望を待つよ。


 コーヒーショップのカウンター席から窓外に興味を持つのに十分以上掛かった、アンドロメダ星雲、月が黄色く光っているのは誰のおかげ、夜風にフラッペ先まるいストロー、浴衣かんざし財布に紐かざり足に色忙しく、暖色の照明の下でグラスの氷がカランと鳴って、時計の秒針に鼓動を、街ゆく街に追いつかんと、少しづつ、少しづつ溢れ流れていく時間を自分の所有物として置き換えた。

 夏用の靴下が乾くのに十分な、時同じく会計を済ませ、プリント屋の入り口を跨ぐと店員さんは不可思議な表情をこちらに向けた。

 その正体に興味があったが、突拍子のない正解に辿り着くのが後もうちょっと怖くて、現像代とプリント代を額面通りに財布から取り出し、ありがとう、見晴らしの良くなった、今さら過ごしやすい歩行者天国にやっと安堵したが、その通りにも水溜まりにも、明日向こうにも、僕が期待した人影は未だ足音さえ見えやしなかった。

 雲が覆い隠して流れるのに、幾年と彼女と楽しみに散策、射的にヨーヨー焼きそば神社参りに御籤札、思い出が自分一人分ではないので、ふくらみ増えていくなか心臓の音が鼓膜に堪らえ切れなくなっていく。
 カランコロンと帰り道の雪駄の音が唐突に耳の端を掠めたが、手持ち無沙汰にフィルムとプリントをズボンの、自棄酒は済んでいる、ポケットに無理やり突っ込んだ。かき氷が食べたいなあ、ベロをさらに赤くした君が、僕の分も頬張って、頭が痛いって言うから、手の平でおでこを温めてあげたね、学生最後の夏祭りだった。 

 空がゆっくり高くなって、東京絵の具からビルが灯りを点滅させると手の平の感覚で君が笑っているのがそれとなく判った。祭りの最後には花火がひゅるりと、いくつも、上がっては散っていく、キスをするとまだくちびるが冷たく、夜風に、髪が含む温度がさらわれていった。

 天文学があんまり得意じゃないの、星座の話そっちのけで夜空に手を伸ばし爪のマニキュア眺めているので、得意な人間なんてそうそういないし君は趣味なんて、そこで欠くび茶代の世話ぐらいしかないだろ、食い下がるように即答した。地球が1.(小数点以下)000000000000000…でそれよりも大きいか小さいか、君の吐息の海洋渡り円周が僕を苦しめるように、この星も神話ももうすぐ磊落する。その前に僕達も死んでしまうだろうけどね、大仰に背中を伸ばして煙草を噛むと、小さく湧いた欠伸のあと小さく鼻で、そんなことどうでもいいの、なのになんだろうね、ふたりで同時に頷いて過ごした。




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