第45話 日想に於いて長くも昨日のこと

文字数 3,102文字

 ひんかし吾妻に五条の架け橋夜半わたる。

 鐘打ち守人の目にけぶり肌足に静寂ま一昨日を感がぶれり。よのなかと問ひて蛙づに渡らせば堀とぶ長くわたり、春暁さけば明めし月一献を喉たしかめ、さかづき角度あらしめば回数さへ覚ゑるに腹心せり。

 ふる霧雨の靄中に阿河足跡の判然と得られず、よなが恋文に宛て忘れ、つむじ掻けば夜迷い吉凶の京の粉塵どちら恨む。人禍にまどわず厄益をまとわず、月向こうしてうら悔やむ、われにして化かしもの、その悍歯に名は無く盲耳に形とらわず、濡れ血に喬目を洗い禍爪に熟肉の耕と腑臓に舌して舌を舐める、九蛇にして尾に引かれば十夜永らとほく払ひ、人畜に慈しまれず雅び天譴に牙する暴鬼に飼われる安じる。

 空餓にしたがい地臓尽くす吾がおもひ人の腕足くわば、とほく吼われ涙だじくし、轟ろ雷鳴に吾がのど打たせ、慟哭に琴する袖で黙線ひき摺じる。
東西の山河海の遠く道しらねと腰紐の引き手任せば、騒乱よどめし市井をはなれ、野っ原みちなし道をついゆく。
 つくにしてまよいよいけり、しずかに葉はざわめけり。
 鉱石黙せり。
 空は蒼紡かたち云えず、月なみ手元によびと在りけり。
 われは此処にいたり、われは此処にいぬ。
 ながむずれ往いて先に卜もすれ逢い引きに道々並々流々とする。

 夢に名前を付けるなら誰にも知られぬ名を付ける、蕾みに託す見慣れぬ蜜に名付ける前に、さらに密林に隠された形も知らぬ名を付ける。
 前後不覚と賞じて北極ペンギンの名を知らず、たとい南極にこそ白熊にして空腹を選り障子すきまに上下の灯りなし。

 ユリシーズ号はソウルボートにつがいを求め、目的地に胸焦がし揺れるところ足元のぬかるみ底無し。
はて何処へ、根無し宿無し葉桜追い掛け、湖舟沿いテールランプの途切れる轍なかる。

 あしさき気付けば立て看板に「入り口」、朱字にて注意書き「川の水を飲むべからず」、下だって執拗に「急ぐべからず」、そもそも冠に「どこの?」が風化往生し必定迷い道には違いない。
 脛すじに冷気纏つわりつき、眼鏡をカバン、煙草けむりの昨日と明かす、スキットル口に運びポケットが小銭で音おとす、腕に山茶花かき傷、おぼろ睫毛の仕業か薮中の得意か、見えるものに関することの僅か二割は保持するに、二メートル先の未来に臆することも必ず二秒そのあとを憑いて糸づく。

 夜半に蛍の消え逝くおぼろ、せせらぎ夕足れしのび穂ののき、草相い茂りて森に服する。
 偲に欲することなかれ郵便かっこう葉隠れ先、静寂さえずり呼ぶ方見えず、うみ漣て山岳問わず。祖母わすれ神しり文おか不、不殺不生の識るところ森林おく精霊いき止めんと靄なか轍の在りもしら隠しなむ。
父往きしかど宛も知ら、母情け知るところ山果てからの仇ふ風、祖屏磁石に還りしな、累こん石とはず流れに周する。

 深閑ところ無慮にして札もなし、礦物夥しく累代し、滴しつゆたれ者か尋ねず。
 竹たかかりし候ふゆぐげば砂くずれ、たれそ問ふに吾れがし静まば、霊格幽人の四方に八つ在り、積みし子岩のつつありか、とほく地平ま塗れん金碧塔の遠望あふれ喉も渇かず。
 空のみ地散らす此処に在りておよびの数あること数えなし。
 歩みに啓くこと白漂こそ拝格として、その在りしも在り処にひだり咎とする。
 故人この旅客を転じ草する虚に干個ぜしめ、たれそあれかれ、いらぬは趣く苦柿みち見果てぬ深荘みつも繁葉あらぬ。
 砂間緑牢たへなき待てど、百とも称ぜる薄暗がり漂ひひて忌みぬは、音として光らん、静寂して閉じむ、石壁たたき足砂利の傷、葉のうふ先により色さまざまなれど、思ふこと是あれなし分かれざりける。

 人をして足らしめんもの、人あやめ邪法ことはり沈めんもの、声たからく唄い歓ぶもの、更月のうらを先にながむ者、某れがしにてよくも欲望を支配させシズクのすくいアマツチに泰らめむ、ことして人殺シ、心依り喉の渇キ潤わし、木の実かじつの味昧ニ飽じく。
 石ニシテ石に違わず、岩にして動かザルこと撚りし、吸いて吐く永らく揺謡なるコト術と標べる。

 進めば進むほぞ、よいによい星や探せ、来し道も定まらず足跡また風家隠せり。
 人にして心あやめんば詠めし雅曲風伝ささの転がり、耳ひまにも外にしはす、上ぐれば黒暗に一本の楼黒、木々にして数を解き違え、小川にして誤りをうら流らす。
 衣とはなく某れがしが衣と名付けたり。霧にして迷うことなくその寒さに其れがし霧と去らしめり。
 池に浮かぶ赤黄の紋様むすばず噛み葉とまいて染めにし森を見るに其処に衰えゆく枯詩をしる。
 十歩のかへり道みとめず、己の業のうらき真垂の木草なかりしめば、愚かにも人間は消えなみ、人間をして森羅とす。

 いづれ地固く、頑強なる樹城を誇らしめむ。
 風を思ひつ壁を思ひつ、其れ聳え見つに想ふ、よわき心して悪と戦慄し、大患なる心して安寧を買いゐけ、誇ろかしかなる心に従い水を得、我をと想う者は術法心思魚を得よ。
 おん目に眩ばひすぎて暗梁滴露のしずながみ、腹も減らず喉も乾かぬ。
 森羅心をあつかひ雲におののき、葉うらにひた隠れ、禍災漏斗過ぐるを宿れ。絶えざるが波にかたち云へど、穂心たしなめぬが形ならぬを占めんとする。


 目が覚めると睫毛かりそめに滴揺られ幾色もの光線が地面に斑を描き、平野には麦高く靡き風ぜ弧を遊んでいた。足もとには天道虫、たしか天道虫が這いて葉をはむ、足型のくぼみに水が溜まり、アメンボウが跳ねて踊る。振り返れば草葉に隠された呼ぶ価わず道なり我なみゆく。
 我とは進みいて満ち、腹乞いて眠る者とする。
 空腹に夢を見る、水豊かなり、風おほらかで、地に温し、雲にあはれんで、ひかり寂寥を弁まえる。
 半ばに二条たがわいて、各々に去らんと、各々の糸音を聴く。手には光を与えよう、歌には声を与えよう、渇かば眠り、充てば晩空に入水し、所行に常なること汝想ふわずらいに山水を得る。
 憂ひたまわりて土ち塊りとなり、花笑うに色舐み、蜜のくちびる切りて棘に移らふ。

 紫しげりて分け入り難し、我をして汝なる、汝をして墓陵に出会う、古乾らびりた石に非らず。
 石にしてこたえり。
 問うもの問われるもの碑文にて知り得、読まずば還るところ祖もがなしと聞こえよ。
 および数にしてなぞらえて、空の罪にして地に想い給え。足にして立ち踏まずして留どまれ。
 黄金見ず白金に瞑らず、嗅ぐにおよんで形を尽くし、聞くところ己が家梁とふところあかせ。
 喉が渇き野草を噛む。葉の雫を飲んで飢えに堪らえる。
 土を掘り身体を温め、崖に立ちて涼を施どこす。動物に明らかして人間と汲み、汝と戯れ我として死なむ。
 独り言ちと流れば感じるところ我が身であり、口先に謳わすところ君に言葉を知らず。

 鳥啼きて山羊震える。
 獅子びようびよう吼えて皆な月夜に隠れ仮眠する。
セイウチが氷を割りオキアミが鯨の欠伸で数から種族となる。
 恋焦がれ祖先が海ならず世界を埋め尽くす頃、木々深く隠された祠見つけり。
 骨をみつけり。誰何の其れかは判別ならず、見尽くすところ骨である。
 一宿に木片を借り彼らから昔話を聴き、我汝耳に疲れ知らず日波の還るところ骨の慰めあり。
 骨の探すところ我なり。骨の頼るところ汝なり。
 彼らが葡萄を必要とすれば実り、凍えれば黄土を被せる。
 四千年ひつよう耳貸さば又来ると告げて我は去り。
 別れて隔たれば骨ののたまうに
「明星を待たれ。機として入相え。申す所以に似姿なく、汝して星間に宿れ」。
 我をして心つるにして亡骸の語り焚火に汝して囲む。見える衛星は幾万枚も夜に色を変え、しとど雨情の毎に橋を架けたし。
 朧にして得ず、それをながむもの七条虹しかと、しと、なつかしむ。




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