第12話 近所のおしゃまな女の子

文字数 849文字

 編集くんに何て言おう、彼は僕と同じで待つのに慣れている。仕事と言えば向こうの方が歩に勝ろう。

 書斎を出て玄関に向かいながら纏わりつくズボンの、空っぽのポケットの中が湿るのに、通り過ぎた、喧騒と逆方向にサンダルを突っ掛け、彼が傍らに積んである雑誌の山を丁寧に選り分け、カフェ特集、横目に横目で気付き、煙草が切れた、革のくたれた財布を持ち上げて見せると、すでに分かっていたこと興味は半分なようで、ドアを背中で閉じて手の中のフィルムケース、見上げると青空がまるく旋回し、祇園の賑わい風に気疲れ、たまごの殻の外側に沿って移動するように溜め息を二つ肩にそっと、置いてから階段を降りた。

 神輿のあとに無邪気な笑顔と山車がのろのろ続いて行く。皆々つんつるてんの法被に運動靴、宿題を9時に預けて口の周りに綿菓子をこぼしぞろぞろ行列を作る。

 そのなかに顔見知りの、当時彼女がたいそう可愛がってよく話していた、近所の女の子、が幼稚園に入園しようやく話せるようになり「ちゃっかちゃん」、と法被の袖から人差し指を覗かせ、僕を呼びとめた。
「ちゃっかちゃん?」
「うん、そうだ」
「どっかいく?」
「うん、さんぽ」
「とおく?」
「ちかく」
「およめちゃんは?」
「むかえにいくとこ」
「・・・・・バイバイ。」

 明日のことはそんな風、噛み砕けない言い訳も含めて宥めるように、ポンポン頭を撫でて、綺麗な曲線を描く瞳で口にニンマリふくむ無邪気な彼女を尻目に、歩行者天国の人ごみ疎らを迷路のように分け入り、虫の音が聴こえて、雨が上り、アスファルトはけぶっている。

 空を見上げると、三階の自分の部屋のベランダには編集くんが祇園の喧騒に煽られ団扇わ悦としているのを、最後の儲け仕事だな、サンダルを少し浮かせながら原稿の〆切が絶え間なく続くと思っていた妻との結婚生活の一部始終を、虹のようになめらかに表情を変える彼女との茶飯事を、邪推に浸る余裕は光線なだらかな空に一旦仕舞って、一息つきながらの夕暮れカフェアロンジェに取って置こうと、のそり歩を進めた。




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