第27話 もう一枚の航空チケット(migratory fish)

文字数 1,935文字

 POOL封筒には保管に適したA4の、色取り取りの回遊魚のデザイン、水色のクリアファイル、やはり宛て名は見当たらない。

ー中には航空券一枚。成田発シャルルドゴール着ー

 経由地と畳語の差出人が不明の侭、束のま時過ぎゆくのにカップの水面ながめ二本の煙草でやり過ごす、エアポートに行き係員に見せれば事情が明らかになるだろう、僕には行き先のほかに先んじてゆく「理由」って、今から少し進んだ未来にそいつがあるだろう。

 長く引き伸ばされた朝、テレビは同じことを言う。思い出したように出かけるのに準備ばかりで部屋の整理に何も手付かず、旅行でも無ければ何時つ戻るや知れぬ渡航のはず。ゴミはゴミ、買家なので引き落としの管理費以外は頓着閑で、下階にはゴミ捨て場が在る。いづれ廃品業者が持ち去るものに値札を付けよう、スーツケースには重かった物、先ずは台所、食器が多い、こだわりのグラス、箸スプーンフォーク、残った調味料やフライパン、蜘蛛の糸のコーヒーカップ二脚、そして食器棚の奥から思い出し笑いの種が発掘された。


   夫婦茶碗の話

 彼女の両親、お義父さんお義母さん、ペアルックなんて流行った頃の年代だが流石に現在は其処までの距離はなく、晩餐に呼ばれたその席で互いの類似性に事欠かない、ご飯茶碗の話を彼女が羨ましそう恨めしそうに呟いた。ご両親は気に入りの揃い夫婦茶碗を愛用し、はみ出した彼女は幼少期から遣っているプラスチック製の茶碗に甘んじていた。
 お義母さんの話では彼女用の瀬戸物も用意してあるらしいが気に入らず、釈然も不満も「どちらでもいいの」彼女はその流儀に依って割るに割れないポリプロピレンを使用していた。原因は夫婦間の無言という合言葉で、理由は彼女も「夫婦茶碗」が欲しい、我儘でもなく自然僕も面白がって喜んだ。

 ご飯が美味しいね、口元のご飯粒に、彼女は毎度笑うので、それを取り除き食べて同じ返事をした。表参道を散策中に見つけた、路地の奥まった一角に日本各地の物産を扱っている近代風の商店で似た形デザインのサイズの違うものを二人で選んだ。何もなくとも二人で食べるご飯は美味しいんだと何度説明しても繰り返し、いただきます、ごちそうさま、の他にもう一つの慣用句が在った。
 様式も気に入ったらしいので遊び半分、ご飯茶碗は底面を合わせるとオリオン星座に似ているよ、口にゴーヤチャンプル含んだまま何ともなし教えると、彼女は幾夜毎か夏の夜空をベランダから見上げた。無配慮の此方の分が悪いので季節の話や込み入った説明は後回しにしていたが、冬になって積もりに積もった雷鳴の山が雪崩かかってきた。



 ベランダの植物はそのままにしておこう。雨も降れば水には困らないし、日当たりも良好で風も申し分ない。さて、困ったことにその側に木片が積んで在る。

 先日壊れた椅子の部品十七個、組み立て方も判らないし持ち運びや取扱いにも困る。そもそも自分が巴里に向かうのにベッドに彼女を置き去りにし、いや、彼女は鼻唄スキップで街中を手を振り闊歩し、僕の心配や閉塞的感情を呆気ら歓と弄んでいるのに、差出人不明瞭の航空機のチケット、今朝僕には既視感にも似た予定が、今はトラッシュボックスにブックされていた筈で、根無し草の幸せ事に彼女の等分平行線の夢遊病が含まれているなら、知らない国で場違いなハイライトを煙、雲吹かし数式ながめるのに、腑に落ちる理由の探し場所を机の抽斗から、キッチンに移すよう机上の地球儀を回転させるだけの起因には成るのであろうか。
 どうやら目的地を歩いている愛し君よ、距離にして想う、今は何処をほっついてる。

 カチャカチャ食器を数え音が片付くに淋しいな、洗い物も得意、スリッパは不揃いで、毎日のチャイムに関してはその不過分にぴったり心臓を握り潰される、泣きたいこともなく泣くのに都会砂漠は電波景観、ノイズの激しい梅雨入りだね、ここに在りし背中越しの彼女は街角に先々かくれ、追わば追いては帰り道のなくなり、不明瞭の道しるべに恐れ知らずは背後も霞の森の中、紫煙ベランダ雀の井戸端、カラス山へカアカア帰りて七つの子を探す。

 ビルディングに望郷するも氷つけのセピアの泡は北極の融解をじっと待ちつつ、ゲップをしても自身のみ周りに知らぬフリをする。オーロラがふらふら、二人で笑った蛍光灯の下、風で揺れるカーテンに彼女が呼吸そっくり止めてしまえば、世界はそれこそ何も繋ぐこと無く駄々と流れ流されていく、桜、笹の葉、紅葉、みぞれ、遠く鐘つき、つゆの朝に月なみ落ちる、あはれものしる見物はなし。


 一体パリって都市で何が起こっている。その支援者やらは何者だろうか、こちらの千鳥足も、彼女の寝息も、物語の行方も、すべて滞りなく見透かして。




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