第6話 家出! (14)

文字数 834文字

「あああ……。ぁん、んんん……。駄目よ、駄目……」

「なあ、アイカかいいだろ、俺の嫁になってくれよ……」

「……もう、無理、無理だってばぁ、健太もいるし……。それに最後は本当に駄目だから」

 あっ? きっ、聞こえた……。声を殺すように、途切れ途切れで聞こえてくるアイカさんの嬌声と荒い息使いが……。それもね、夫の僕にではないんだよ。他人の僕自身が誰だか解らない相手になんだ。

 だから僕はこんな感じで。

「ううう……。待ってよー! 待ってよー! これ以上は進まないで──アイカさん頼むよー! お願いだよ──! 僕の悪いところや、足りない箇所は、全部直すからから……」

 と、涙を流しながら嘆願の言葉を叫びながら。妻のアイカさんの、嬌声が聞こえる方向へと『ザクザク』と、草や枯れ木の枝を素足で踏み込み、倒し折れながら走り抜けて行く……。

 もうね、本当はね、足の裏が痛くて仕方が無いの、でもね、痛いからとここで座り込むと間に合わなくなる。

 だって僕が先に進めば進む程──二人に確実近付いていると思う……。

 アイカさんの甘えるような妖艶交じりの嬌声が、僕では無い男に向けられているのが。この先へ全速力で進めば進むほどに大きく──それもしっかりと聞こえてくるから。

 只ひたすら僕は、「アイカさぁあああああああん! 待ってー! 頼むから待ってよー!待って、くれぇえええええええええええええええええっ! ……僕が待てと言うのが解らないのかぁ、あああああああああああああああっ!」と、こんな感じで叫びながら声のする方へと相変わらず駆け抜けて行く……。

 そして心の中では、『走れ! 走れ! 心臓が破れても良いからー!』と、ひたすら自分自身に言い聞かせながら、全速力を維持して走り抜けた。

 するとさ、どれぐらいの時間、駆け抜けたであろうか?

 僕自身も余り良くは解らないけれど。眼鏡を掛けてる僕の目にも、人の形がぼんやりとだが映って見えてきたよ。
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