第25話 英雄①
文字数 1,816文字
厚い雲が流されて、満月が覗きつつあった。
「待ち伏せされているようです」
木々に阻まれて索墳すら見えない此処からでもクスィには分かるらしい。
「どうする?一度退いて、何か別の方法を」
「いいえ、もし此処が私達に必要な最後の索墳だと知っているのなら、彼らは動かないでしょう。ただ、いたずらに時を消費してしまいます。その結果、私が消耗してしまえば、もう打つ手が無くなります」
「じゃあ」
「強引に押し切りましょう。七つのコードを持ちこれだけクチナワに近づいていれば可能です。索墳に侵入、最後の承認をした後、そのままクチナワの上を通り塔へ向かいます」
クスィの言葉と共に現れた黒い微細機械の群れが、失われた右腕を形成していく。
「抱き上げていきますから、しっかりと捕まってください。それから、舌を噛まないように注意を」
頷くと易々と身体が持ち上げられた。言われた通りに歯を食いしばり、小さなその肩に腕を回す。
「征きます」
言葉と共にクスィが駆けだした。急加速していく恐怖から回した腕に力を籠めると、一瞬身体が落ちて、すぐ重力に逆らう感覚がした。
目の前に現れた塀が下へ流れ、頂点に達するのと同時に、内臓を置き去りにするような不快感を伴った落下が始まる。
思わず目を瞑ると着地のものだろう衝撃。それが収まってから恐る恐る目を開けると向かっている索墳の前に黒い鎧の集団が見えた。設置された楯の間から、沢山の銃が此方に向けられている。
「大丈夫です。防ぎきります」
僕の身体が強張った事に気付いたのだろうクスィが力強く宣言した途端に銃声が響き、金属音と共に目の前で火花が散った。上げた悲鳴が銃声と金属音にかき消される。
撃ち出された弾丸を何かが阻んでいた。弾かれた弾が生む火花が豪雨のように咲き、その音と光の隙間から、大きな弓を構えた持った鎧が矢を放つのが見えた。
どうして弓なんかを使っているのか理解できない内に飛んできた複数の矢は、何故か僕等を避けるように逸れていき、速度を緩める事なく前進したクスィが再び跳躍した。
放たれる矢を越え。楯とその後ろから銃弾を放っている鎧達の上を通り過ぎる。二度目の不快感と衝撃に耐えながら後方に視線を向けると目に焼き付いた銃火の奥で鎧達が此方に銃を構え直そうとしていた。
再び銃撃が開始される前にクスィは索墳の入り口へ突入した。視界が一気に暗闇に包まれる。クスィは一切減速する事なくぶつかる寸前に開いた扉から中に飛び込んだ。すぐにそれを感知した扉が閉まり始め、銃を構えなおした鎧達の姿を遮ると、途端に静寂が満ちた。
玄室に踏み込み、その壁面が淡い光を放ち始める中、持ち上げられていた身体がそっと降ろされる。
「さぁ佳都。最後のコードを取得しましょう」
玄室の中央をクスィが指し示す。見れば僕を持ち上げていた右腕は消え、その袖口からは青い血が垂れている。状態が悪化している事は明らかで、逸る気持ちのまま駆け出し、手袋を外して、せり上がり始めた六角柱に触れた。
指環が青い光を放ちコードの取得を開始する。それは六角柱が上がり切ったのとほぼ同時に終わった。
「これで条件は整いました。後は塔に行くだけです」
「でも、どうやって此処から出てクチナワの上に?」
今のクスィがあの鎧達をもう一度突破できるとは思えない。けれどクスィが動揺する事は無かった。
「全てのコードを取得した今なら、奥にある整備用の昇降機を利用できます。それでクチナワの上に出て、そのまま塔に向かいましょう。そこまでは彼らも追ってこられない筈です」
「ああ、そうか、それならよかった」
安堵しながら、歩き出したクスィに続く。玄室の奥に昇降機はあった。言われるがまま翳した指環に反応して開かれた扉の中は、やっぱり壁面自体が微かに発光していて、整備用だからか、僕とクスィが丁度入れる程度の空間しかなかった。本来はきっと一人用なのだろう。
内装はクスィの入っていた六角柱とそっくりで、大きさから考えても記憶にあるそれとほとんど変わらない気がする。もしかすると同じ規格で作られているのかもしれない。
そんな事を考えていると先に乗り込んだクスィが僕を促した。恐る恐る踏み込むと、見た目通り柔らかかった床が微かに沈み込み、背後で扉が閉まった。
「大丈夫です」
狭い密室と化した事に不安を感じたのを察したのか、クスィが僕の手を握った。そしてそれを合図にするように昇降機が上昇を始めた。
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