第23話 もしもあなたが世界を壊してしまうのだとしても②

文字数 2,292文字

 「‐信号を追っていた無人機がようやくそれらしいものを(とら)えた‐」

 耳小骨(じしょうこつ)(ふる)わせた鴟梟(しきょう)の個人通信。同時に送られてきた映像を開けば、疑似網膜(ぎじもうまく)に少年と手を(つな)ぎながら歩く子供の姿が浮かんだ。フードを(かぶ)った頭が此方を向いたかと思うとその両目が(ほの)かに(あお)(かがや)き、そして消えた。

「‐これだけか?‐」

「‐ああ、それだけだ。数分前にそれを送ってきた無人機はそのまま()とされたらしい‐」

 最も接近したとはいえ数キロは離れていただろう無人機に気付き、()とした。それを脅威と理解しながらも、一瞬(のぞ)いたその顔は、あの少女が言っていたように整った顔立ちをした十二歳程度の女の子にしか見えない。変わった点があるとすれば、少年と繋いでいない右の(そで)()れていて、右腕が欠損(けっそん)しているのが分かると言う事ぐらいだろうか。

「‐本当に、これが統治人形(とうちにんぎょう)なのか?‐」

「‐見た目には信じ(がた)いが、そうとしか思えない。他にこんな事が出来る人形が居るなら教えて欲しいね……百数十年ぶりに人類が対面する最上位人形(さいじょういにんぎょう)。もはや未知との遭遇(そうぐう)だな‐」

 鴟梟(しきょう)茶化(ちゃか)すように笑ったが、それ以上に少年の事が気になっていて、曖昧(あいまい)(こた)える事しかできなかった。結果として無視する形になったが鴟梟(しきょう)は特に何も言わなかった。

『‐葛城(かつらぎ)が作戦を選定(せんてい)しました‐』

 全体通信に(ひび)いた声と共に作戦の詳細(しょうさい)が表示された。無人機が(とら)えた映像によって、少女の証言と、通信機の情報は信用に(あたい)すると葛城(かつらぎ)も判断したのだろう。であれば人形は(すで)に七つの索墳(さくふん)(まわ)()え、残す索墳(さくふん)はあと一つだけという事になる。
 準備を整えていた部隊が、作戦区域に指定された最後の索墳(さくふん)に向かって急行していく。少女と別れてから僅か数時間の内に状況は切迫(せっぱく)していた。
 作戦の詳細(しょうさい)に目を戻せば、葛城(かつらぎ)が選択したのは残った最後の索墳(さくふん)から塔に至るまでの間に統治人形(とうちにんぎょう)を破壊する(さく)だった。人形の位置が分かっていながら此方から仕掛ける事を選択しなかったのは、(おそ)らく人形の居る場所が市街地に近かった所為(せい)だろう。民間人への被害も人形の存在そのものが(おおやけ)になる事も可能な限り避けなければならない以上そうするしかない。
 (さいわ)いな事に残る最後の索墳(さくふん)は市街地から最も離れており、少女がもたらした情報を(もと)に鬼の思考回路(しこうかいろ)を再解析(かいせき)した葛城(かつらぎ)は、彼女の証言と同様、全てのコードが(そろ)ったとしても、人形が塔内部に到達しなければ再起動は無いと託宣(たくせん)していた。それでこの(さく)なのだ。
 だがこの(さく)を取る以上、機会は一度きり、此処で人形の破壊に失敗し、コードの取得と塔内部への侵入を許せば、取り返しのつかない事になる。それだけは絶対に避けなければならない。
 そう思いながらも、最後に記されていた一文を見て緊張が走った。神祇院(じんぎいん)は少年の生死を問わない事にしたらしい。それどころか、止む負えないと判断された場合には殺害さえ認めている。
 人形ではなく少年を殺す事で事態は終息(しゅうぞく)させられるか?という問いに葛城(かつらぎ)は沈黙したようだが、人形の行動から少年の存在が塔の再起動に不可欠である可能性が高い事は確かだ。神祇院(じんぎいん)葛城(かつらぎ)選定(せんてい)した作戦にこの一文を(くわ)えた理由は十分に理解できる。そしてこうなるだろうとは薄々(うすうす)考えてもいた。
 例えあの少女がどれだけ望もうと、少年一人の命と都市に暮らす人々の命、なにより再び大戦が起きる可能性を天秤(てんびん)にかけて迷う訳にはいかない。だが一方でそれを心が(こば)んでいた。
 俺はあの少女と交わした約束を……、なにより少年を救いたいと思っている……。

「‐ああ、それから葛城(かつらぎ)に解析させていた土蜘蛛(つちぐも)の奇妙な傷跡(きずあと)の結果も出たぞ。やはり、回答不能だそうだ‐」

 少しの間沈黙していた鴟梟(しきょう)の言葉と共に送られてきた資料に目を通す。鬼と交戦した索墳(さくふん)に倒れていた土蜘蛛(つちぐも)の一部、そしてそれ以降の索墳(さくふん)でも起動後に壊されたとおぼしき土蜘蛛(つちぐも)にあった創痕(そうこん)。少女が語った人形の攻撃によるものだろうそれが何によってもたらされたものなのか、葛城(かつらぎ)ならわかるかと思ったが、どうやら当てが外れたらしい。

「‐そうか、対人形用の大型火器が作り出す貫通痕(かんつうこん)と似ているように思ったが‐」

「‐いや創痕(そうこん)が綺麗すぎる。これは強引に装甲を(つらぬ)いたものではない……少なくとも弾丸ではこうはならないし、現場からは弾丸も薬莢(やっきょう)も見つかっていない。それに、目撃者である少女はその攻撃を視認(しにん)できなかったんだろう?‐」

「‐どうやったかは分からないと、そう言っていた‐」

「‐ならやはり、そういうものではないのだろう。(いず)れにせよ葛城(かつらぎ)が回答できない以上、現在の人類が把握(はあく)している技術にはない。用心(ようじん)しろ‐」

「‐ああ‐」

 鴟梟(しきょう)気遣(きづか)いに(うなず)く。敵の攻撃能力は未知数。だが鬼でもそうだったように事前に完全な情報を得られていない限り戦闘というのは(つね)にそうなる。その場で対応するしかない。

「‐それと俺は機会(きかい)が有れば人形であれ、少年であれ引き金を引く‐」

「‐そうか‐」

 鴟梟(しきょう)の通信に、そっけなく返事をした。言うべきことは無い。その判断は正しい。

「‐だからお前は迷う事無く、その二つ名の通り人形を壊す事だけ考えてろ‐」

「‐どうして‐」

 続けられた言葉に動揺(どうよう)した。俺の表情が視認できる場所に鴟梟(しきょう)はいない。口調にも(あらわ)れていなかった(はず)だ。

「‐お前は(あま)ちゃんだからな‐」

 (あき)れたような(おだ)やかな声。紫依華(しいか)だけでなく鴟梟(しきょう)にも読まれるのかと思うと自嘲(じちょう)から笑えた。

「‐そうか、そうだな……なぁ鴟梟(しきょう)‐」

「‐なんだ?‐」

「‐ありがとう‐」

「‐気持ちわりぃ‐」

 鴟梟(しきょう)の反応に自分でもそう思った。視線を上げれば窓の向こうの空は赤く染まり、水平線の向こうで今まさに沈んでいっているだろう太陽の姿を(とう)が隠していた。
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