第３０話 英雄⑥
文字数 1,711文字
唐突に広がった現実感の無い空間。降り注ぐ光の中で此方を覗き込んでいるのが誰かはすぐに分かった。
「……博士」
よれた白衣のポケットに両手を突っ込んだ博士はその顔に懐かしい笑みを浮かべた。
「やぁ、久しいかな？」
ならば此処はあの世か、そんなものが本当にあったのか……手を伸ばそうとして、自分の身体が無い事に気付いた。視線も動かせない。
「それともまだそれ程経ってはいないかな？何れにせよこれを見ているなら私は死んでいるに違いない。いや、生きている可能性もあるか、だとしたら酷く間抜けだが……まぁそれもいいか」
何かを問おうとする前に、独り言のように喋り始めた博士を見て、これが擬似網膜に表示されている映像に過ぎないと理解する。
「さて、君がこれを見ているという事は、仕込んでおいた切り札を使用する為の条件が満たされている事になる。君はまだ戦っていて、しかも随分と追い込まれたようだね」
それはまったくその通りで返す言葉が無い。それを解っているかのように博士は笑みを深めた。
「いつかレーザー兵器を搭載しようとした事を覚えているかな？紫依華に反対されて結局実装できなかったけれど、問題はエネルギーの収支が合わなくなってしまう事にあった。
特に放出してしまうレーザーはエネルギーのロスが多く確かに実用的ではない。肉体に詰め込める技術には限りがあり、いかに人形技術が優れているといっても内部で生成できるエネルギーにも限界がある。
だが、もしも膨大なエネルギーを外部から取り込む事ができたならどうだろう？そんなイカサマが使えれば冷却の事だけを考えればいい。実際に人形都市そのものも外部からエネルギーを得て動作していたのだと推測される。塔から伸びるクチナワの内部には穢れが流れている事が分かっているからね。
そしてこれは仮説だがクチナワの内部に流れている穢れは表層の劣化部を再生させている可能性がある。私の考えが正しければ穢れとは人形都市に対し動力を供給するものであると同時にクチナワの外殻を形成する事もできるものだ。血液でありながら皮膚にも成れるそんなもの。それらをふまえて土蜘蛛より高位の人形を想定したなら。きっとその中には人形都市と同じように、エネルギーを外部から取り込むものが存在するだろう。もしかしたらその人形はクチナワを流れる穢れからそれを得るかもしれないし、それどころか穢れを使って何かを作りだして見せるかもしれない。例えば強力な武器や、単純な操り人形とかね」
無意味と知りながらも頷く。
「もし統治人形にそんな力があったなら残っている大戦の記録で死の神の名が冠されている事も頷ける。
だからそんなものが現れてしまった時の為にそれに対抗するための機能を付け加えておいた。実行すれば周囲の穢れを利用し文字通りの人形を壊す人形に成れるだろう。だが上手く機能するかは分からない。何せ試した事がないからね。成功したとしても命を落とすかもしれないし、そうでなくても元に戻れなくなってしまうかもしれない。下手をすると君自身が人類の脅威になってしまい、守りたかったものをその手で壊す事になる可能性すらある。それでも私がこれを仕込んだのは、何もないよりはいいと思ったからと、なによりヒーローには切り札が必要だからだ。けれどまぁ最終的にどうするかは君に任せるよ」
その言葉を最後に映像は消えた。再び失われる視界。けれど右手には握った柄の感覚がある。
まだ生きている。このまま諦めれば玉響が全てを消し去るか世界を理想化しようとする統治人形によって再び大戦が起きてしまう。人形を破壊できたとしても俺が脅威だと捉えられたならそのまま玉響が使われてしまうかもしれないが、その前に穢れさえ晴らせたなら、鴟梟の弾丸はどんな人形も撃ち抜くだろう。それが例え俺であったとしても、ならば迷う必要はない。守るべきものが、守らなければならないものがある。この命一つで果たせるなら十分に過ぎる。
‐最終兵装の発現を受諾。
‐疑似躯体再起動。
‐穢れの吸入を開始。
‐十束剣極化。
‐神依り。
俺の意思を受けた擬似網膜に再び光が宿り、初めて見た表記と共に力が沸き上がった。
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