第42話 あなたの為に③

文字数 1,937文字

「クスィ、命令だ。戦争が起こったらどうなるか答えろ。本当に僕達は負けるのか?」

 そう言い切ると指環(ゆびわ)(あお)い光を(はな)ち、クスィの顔が苦痛を感じているみたいに(ゆが)んだ。
 クスィの優しい嘘を(あば)く為に、僕はいつか口にした言葉を反故(ほご)にしてクスィに命令をくだした。
 噛みしめられたクスィの(くちびる)(あらが)いきれずに開かれる。

「……勝利できるでしょう」

 その言葉に、胸が高鳴(たかな)る。

「この都市を守って生活を維持する事は?」

「……人形都市(にんぎょうとし)の機能を使用すれば可能です」

 それは僕が思っていた通り、求めていた通りの答えだった。

「ああ、そうか、やっぱりそうなんだ。今の人類では、僕達に勝てない」

「まさか、そんな事を実行するつもりですか?」

 指輪の放つ光が消え、命令から解放されたクスィが僕を(にら)んでいた。それに気圧(けお)されそうになって、それでも()える。

「この都市以外なら全てが焦土(しょうど)()したって構わない。それでクスィを助けられるし、大切な人は誰も傷つかず、僕の望んだ日常が手に入る。なんなら、その先で世界も理想化できる」

「あり得ません。戦争になれば確実に何万という人が死に現在の世界は崩壊します。その先に現れるものを佳都(けいと)は日常と呼ぶのですか?ただ自らの望みの為に自分以外の日常を奪ってもいいと、そう言うのですか?」

 酷く悲しげな顔をしたクスィはどこまでも()い人形だった。僕が信じたとおりの存在だった。

「でも、そうしたら、……そうしたらクスィは……」

佳都(けいと)、何が正しいのかあなたには解っている筈です。私は、あなたを信じています。あなたが私を此処まで信じてくれたように」

 (さけ)ぶように()げられて、何も返せなくなった。大切な人は誰もが僕を信じてくれる。それが今はどうしようもなく痛い。口にした言葉が狂っているのは自分でも解っている。だけど、それでも……。

佳都(けいと)、あなたが口にした選択は正しい事ですか?」

 僕の言葉を待たずクスィは優しく(さと)すように(たず)ねた。

「……いや、間違っている……間違っているよ」

 耐えきれなくなって()らした言葉。それを聞いたクスィの表情が(やわ)らぐ。

「では、正しい事をしましょう。千歳(ちとせ)に胸を張って会える本当の日常の(ため)に」

 躊躇(ためら)う僕の背を押すようにクスィが言う。微笑(ほほえ)んだその顔を見ながら(うなず)いた。

「……管理者として、命令する」

 僕の言葉に反応して指環(ゆびわ)(あお)い光が(とも)る。

「お別れです佳都(けいと)。あなたが私の管理者で良かった」

 クスィは微塵(みじん)も僕を(うたが)っていなかった。僕が無事だと知った母さんも同じように微笑(ほほえ)んでいた。あの時と同じように(ぬく)もりが遠のいていく気がした。
 間違っているのだと解っている。きっとクスィは僕を許してはくれないだろう。千歳(ちとせ)のくれた言葉とその思いも裏切る事になるし、全てが(あか)るみに出れば、岬さんだってもう僕を迎え入れてはくれないだろう。そうしたら僕は独りになってしまうに違いなかった。世界中から憎まれて、誰一人として味方してくれる人はいない本当の怪獣(かいじゅう)に成り果ててしまうに違いなかった。
 だけど、だとしても手放したくなかった。存在するただ一つの可能性を、十中八九(じっちゅうはっく)、最悪を(まね)くだけの希望を、どうしても……。

攻勢機構稼働(こうせいきこうきどう)。敵対行動をとる全ての兵器を撃墜(げきつい)しろ」

 声を張り上げると僕を信じきっていたのだろうクスィが表情を変えた。

「やめてください。佳都(けいと)。あなたは間違っていると言ってくれました」

 立ち上がろうとしたクスィはそう出来ないみたいだった。きっとクスィは僕が指示(しじ)を止めるまでそこから動けないのだ。だとしたら酷すぎる仕打ちだった。それでも()める事はできない。

「そんなのどうでもいいんだ。世界がどうなろうが知った事じゃない。見知らぬ命はただの数字だ。それで守りたいものが守れるなら、どれだけ失われようが構わない。クスィを助けられるなら、僕の望みが叶うなら、僕は人類(じんるい)さえも敵に回す。歯向かうものは、(ことごと)く殺す」

 室内に(あか)い光が満ちて目の前に現れた仮想表示版(かそうひょうじばん)最終判断(さいしゅうはんだん)を求めた。それに触れたのと同時。(そと)の光景を映している画面に光が(はし)った。
 飛んでいた機体が真っ二つになり、中から人の形をしたものが落ちていく。あの高さでは助からない。僕はまた人を殺した。そしてこれからも殺す。それが間違っていると解っている。

「ああ、どうして……これが、これがあなたの答えなのですか?」

 悲痛な面持(おもも)ちをしたクスィの声が胸に刺さる。涙を流していないクスィの眼は、それでも確かに泣いていて、()らしたくなる視線を抑え込む。

「そうだ。これが僕の答えだ。クスィの所為(せい)じゃない。僕の為に始める僕の戦争だ」

 叫んだ声は嗚咽(おえつ)になる手前で()れていて、(ほお)を涙が(つた)った。自分の欲望の(ため)に流した醜悪(しゅうあく)な涙。それを見たクスィの()に正しい怒りが浮かんだ途端(とたん)。辺りが()(くら)になった。
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