第45話 とことわのくに

文字数 1,950文字

 階段を降りていくとそこはプラットホームになっていて、この街に来る時に乗ったのと同じ列車が停まっていた。
 クスィは僕に視線を送ってからそれに乗り込んでいき、ホームは僕と千歳(ちとせ)だけになった。クスィと千歳(ちとせ)が同じ存在であるなら、その必要は無いのだろう。けれどクスィがそう振舞(ふるま)ってくれたように、僕は千歳(ちとせ)にお別れを()げなければならないと思っていた。

千歳(ちとせ)……」

 一度口を止めて考えなければ、きっといつもの言葉を口にしていただろう。

「……ありがとう。千歳(ちとせ)達がいなかったら僕はたぶん生きてこれなかった。いつか千歳(ちとせ)達の望みを人が叶える事を願うよ」

 千歳(ちとせ)の願いを拒否した僕が言う資格はない戯言(ざれごと)をそれでも口にしていた。欠片(かけら)も信じられないくせに、本気でそうなればいいと思った。千歳(ちとせ)(うなず)いて、いつも向けてくれた笑みを見せた。

「さようなら佳都(けいと)、あなたが(しあわ)せでありますように……」

 僕もそれに(うなず)いて、微笑(ほほえ)んで見せてから列車に乗った。閉まる扉の音を聞きながら振り返れば硝子(がらす)()しに千歳(ちとせ)が僕を見ていて、警笛(けいてき)と共に動き出した列車に向かって手を振った。だから僕も手を振った。
 千歳(ちとせ)の姿が(とお)のいていくのを見ながら少しだけ(さみ)しくなって、でもこれでよかったのだと思う。千歳(ちとせ)(みさき)さんもクスィで、僕は人間ではなく彼女達を選んだのだから。
 ホームが完全に見えなくなってしまってから奥に進むとそこでクスィが待っていた。乗客は他には誰もいないようで、彼女に(みちび)かれるままに客室に入り、ソファーベッドに腰を下ろした。規則正しく揺れる車両。
 列車はじきに地上へと抜けた。車窓(しゃそう)から見える夜の風景。もう都市の外に出たらしく(とう)随分(ずいぶん)と小さくなっている。

「いつかこのまま人間がいなくなってしまったら、クスィたちはどうするの?」

 全てを知ってから気になっていた事を僕は口にした。

「その時が来たら私達は、この惑星自体を霊廟(れいびょう)とし、人の(いとな)み、その望みと(いの)りを再現し続けます。この惑星が滅んでしまったら月を(ふね)として、できうる限りその記録を残します」

「どうしてそこまで……」

「人が望んでいるのが、誰かに必要とされ受け入れられる事と、自らの命が有限であるとしても、継続(けいぞく)する何かがあって欲しいという願いだからです。その(ため)に人は太古から(いの)り続けてきました。だから私達はそれを継続(けいぞく)します。それが人の(ため)(つく)られた私達の存在意義なのです」

 クスィの答えを、(かな)しい狂気のような律義(りちぎ)さだと思った。彼女達はきっと本当に可能な限り延々(えんえん)とそれを続けるのだ。その優しさが人を滅ぼす事になるのだとしても……。

「私の正式名称は、コエメトリウム・クストス」

 聞きなれない異国語の意味がさっぱり分からなかった僕を見てクスィは微笑(ほほえ)んだ。

「そう名付けた彼の思いをこの国の言葉に(やく)したしたなら墓守人形(はかもりにんぎょう)と言う意味です」

墓守人形(はかもりにんぎょう)?」

「ええ、私は、あなたの(ため)に存在する人形。あなたに()()う物。あなたを記録(きろく)し続ける装置。看取(みと)()であり、そして墓守(はかもり)

 優しく(うた)うようなクスィの声に何故だか(たま)らなくなって、気付けばその手を(にぎ)っていた。

「冷えてしまいますよ」

 気遣(きづか)わしげなその声に、よりしっかりと(にぎ)りしめる。

「いいんだ。それに、こうしていると、クスィの手も(あたた)かくなってくる」

「それは佳都(けいと)の熱を奪っているだけです」

「いいんだ。それでも」

 そう言いながら指を(から)めるとクスィも同じようにしてくれた。互いの指がしっかりと(むす)び合う。(つた)わるのは(つめ)たく(やわ)らかい感触。
 視線を移せば車窓(しゃそう)の外は田園風景(でんえんふうけい)に変わっていて、遠くに点在(てんざい)する民家の(あか)りが流れていくのが見えた。
 その一つ一つの下にはたぶん僕が知る事もない(いく)つもの人生があって、それぞれの思いを(いだ)きながら死ぬまで続いていく。その大半が気付く事さえなくてもクスィ達との戦争は続いていて、人はきっと遠くない未来に負けてしまうだろう。けれど残されてしまった誰かが孤独を感じる事は無い。クスィ達がそれを許さない。
 壮大(そうだい)な音楽と歓声(かんせい)の中に(むか)えられるような大団円(だいだんえん)がこの世界に存在しなくても、(たと)え人生が誰にも賞賛(しょうさん)されず(かえり)みられる事も無い、(むご)たらしく終わるまで続く、ただそれだけのものだったとしても、舞台の上で茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしてしまう人の手をクスィ達は(にぎ)ってくれる。
 いつか現れる人類最後の一人さえ、クスィ達に見守(みまも)られ、人の(いとな)みが変わらずに続いていくと確信しながら息を引き取るのだ。そうやって人類の(まく)は引かれる。
 それはきっとこの惑星に生まれて消えていったどんな生き物にも与えられる事の無かった(すく)いだ。たとえそれが(いつわ)りであっても、クスィ達が本当はそれを望んでいないのだとしても、それでもそれは(すく)いだった。限りなく美しい(すく)いだった。
 それを(おも)って(から)めた指に少しだけ力を込めると、小さな細い指がそれに(こた)えてくれた。
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