第32話 英雄⑧
文字数 943文字
核に損傷を与えた感覚。既に柄から伝わる以外の感覚が薄れている。安堵と共に急速に力が失われていくのが分かる。
完全に破壊できたかどうかは分からないが、十分に力は削げただろう。もう狙撃を防ぐだけの防壁は展開できない筈だ。俺の役目は終わった。
穢れが身体から剥がれ落ちていく、じきに元の姿に戻るだろう。結局博士が想定していたような事は起こらなかった。自分の考えが杞憂だったことを知ったら博士はどんな顔をするだろうか、それを考えて懐かしさに浸る。
もう、力の尽きかけた身体は人形に突き刺した刀身によって支えられていて、人形が倒れれば一緒に崩れ落ちるしかない。それできっと終わりだ。
「‐……なと、くなと、久那戸!‐」
個人通信から紫依華の声が聞こえた。穢れが薄れて回復した通信を鴟梟が繋いだらしい。何度も俺の名を呼ぶその声に、もう何も返せはしないが、少なくとも守る事は出来た。悪くない。俺の最後にしては、出来すぎているぐらいだ。心の中で詫びて、閉じてゆく瞼に全てを委ねる。
「‐……兄さん!‐」
耳が捉えた懐かしい呼びかけに、消えようとしていた意識が覚醒した。赤く染まった空、口にした約束。強がった言葉と服を濡らした涙の温もり。
崩れようとしていた身体を強引に動かして一歩踏み出す。
「あぁああああああああああああああ」
叫びながら残っていた力を振り絞り漆黒に戻っていた刀身を押し込んだ。根元まで刺さった感触と同時に身体を返し、上方へ振り抜く、穢れが形作っていた左腕が耐えきれずに崩壊。人形から噴き出した循環液が身体を濡らした。
核の上部から首を伝って頭部を割った筈だ。それを確認する余力はない。振り抜いた刀身をクチナワに突き立てて何とか転倒を防ぐ。
息は上がっていて体中が軋む。だが生きていた。紫依華が兄さんなどと呼んだからだ。名前を呼ばれただけだったなら目を閉じていただろう。いつか言われた対等な存在であるならそれでよかった。けれど兄さんと呼ばれたからにはそういう訳にもいかない。
未だ俺を呼び続けている紫依華の声に返事をしようと息を整えながら顔を上げると、漂っていた穢れが黒い雨となって降り始めた中を、羽を広げた巨大な烏のような漆黒の有人機が三本の着陸脚を伸ばしながら降下してくるのが見えた。
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