第2話 人形を壊す人形②
文字数 3,640文字
金属製の巨大な歩脚 を床に突き立てて、それは身を震 わせた。全身の装甲が揺 れ、発生した獣が吠えたような音が坑内 に反響 する。
小型の装甲車両 ほどの体から六本の歩脚 が伸 びた大型の蜘蛛 を思わせる姿。土蜘蛛 を指揮 する多脚式戦闘機械 。人型 の戦闘人形が土蜘蛛 と呼ばれるようになった最大の所以 。
此方 を窺 う土蜘蛛 とは比べ物にならない程に大きな硝子眼 。それを目にしながら、絡新婦 が次の動作へ移る前に駆 け出す。
立ち上がった土蜘蛛 を無視しながら一直線に走り、下げられた絡新婦 の頭部に刀を突き立てる。だが、突き立った刀身を渾身 の力で押すも強固 な多重装甲 を貫 き通せないでいる内に頭部が大きく振られ、刀ごと放り投げられた。
瞬間、上層から響 いた銃声。宙 を舞う視界の端 で、刀身が生んだ傷に弾丸が撃ち込まれる。
それでも絡新婦 は小動 もしなかった。
「‐やはりこいつでは貫 けんか‐」
十束剣 と対人形徹甲弾 がつけた傷を左右から滲 んだ液体金属 が埋めていく。
絡新婦 が誇 る自己修復装甲 。これを貫 ける大型火器の運用が難しい坑内 において絡新婦 は最強 最悪 の戦闘機械 だ。
その頭部に備 えられた二つの多銃身砲 が此方に向けられたのを見て急いで横に跳 べば、微 かな風切り音と共に撃ち出された黒 い針のような弾が床を砕き破片を散らした。
柱の陰 に飛び込んだところで漸 く連射音が止まる。
視線だけを通し窺 うと、着地点から柱まで、撃ち込まれた弾が針の道を作っていた。響 き渡った銃声と共に降り注いだ弾丸が絡新婦 の装甲を叩き火花を散らすと、それに反応した絡新婦 が頭部を持ち上げ、上層に向けて黒針 をバラまき始めた。
『‐狙撃手は土蜘蛛 の完全停止を優先、弓取 は絡新婦 の拘束 を、関節 を狙ってください‐』
通信に流れる指示。放たれた矢が絡新婦 に突き立ち、撃ち出された拘束糸 が繋がる。
此方 に向かって駆 けてくる土蜘蛛 の核 を狙って上層から銃弾が撃ち込まれ、楯 の内側からも弓取 ではない具足 が銃撃を開始。数体の土蜘蛛 は核 を貫 かれて倒れたが、二体が楯 の内側に跳 び込んだ。
〘‐あなたは土蜘蛛 の排除に加勢を、陣 が崩されれば、絡新婦 の拘束は不可能となります‐〙
個別通信 で言われるまでもなく走り出している。陣 の中は味方に当たってしまう可能性がある以上狙撃できないし、絡新婦 の拘束 に戦力を集中させている今、残った具足達 では土蜘蛛 に対する術 がない。
並べられた楯 の内側を駆 けながら一体の土蜘蛛 を切り捨てる。残るもう一体に向けて速度を上げる。
疾走の最中、前方斜め側面から聞こえるのは楯 を黒針 が叩く音。楯 は射出された針を受け切ったが、大弓 を射る為に弓射形態化 し身を晒 していた弓取 を守る事は出来なかった。針の突き立った弓取 が後方に倒れ、引き絞 られていた矢が落ちる。
舌打ちと共にそれを飛び越えると数メートル先に二体目の土蜘蛛 が見えた。それが向かっている先に弓射形態化 した弓取 の姿。全力で駆 けながら刀を構 える、だがまだ届かない。あと数歩足りない。
『‐おおおおおおお‐』
通信に響 いた大きな声。動く事のできない弓取 を守ろうとした具足 が土蜘蛛 に向かって突撃していく。それを捉 えた土蜘蛛 が目標を変更。ぶつかってきた具足を殴 り飛ばし、さらに前進。
そこでようやく俺の刃圏 が触 れた。突き出した刀身で土蜘蛛 の核 を貫き、弓取 を殴 りつけようとしていたその動きを停止させる。
噴き出す青い循環液。刀を抜きながら殴 り飛ばされた勇敢 な具足 の姿を追えば、その首はあらぬ方向に曲がっていた。
表示されていた生体反応がまた一つ消える。
「くそっ」
後悔 と怒りが湧くが、悼 んでいる暇 はない。視線を絡新婦 に向ければ拘束は順調に進んでいた。突き立った無数の矢に拘束糸 が絡 みつき、その動きは鈍 くなっている。あと数本拘束糸 を繋 げられれば絡新婦 と言えど動作不能に陥 るだろう。
通信にも安堵からくるた め 息 が混ざる。最後の足掻 きを見せるように踏み下ろされた絡新婦 の歩脚 。その先端 にある杭 のような部品が床に打ち込まれたのを見て悪寒 が走った。ゆっくりと持ち上げられた腹部が割れ、中から巨大な砲身が伸びる。
『‐こいつ、まだ主砲が生きて‐』
誰かが言い終わる前に轟音 が響 き、身体を衝撃 が襲 った。後方にぶれた絡新婦 の身体。射線上にあった楯 と具足達 、柱までも貫通した砲弾は闇の中に消え、遅れて着弾音が轟 いた。
砲弾が突き刺さったのだろう壁面の破片が粉塵 と共に飛ばされてくる。恐ろしいまでの破壊力。それを見せつけた絡新婦 は残っていた拘束糸 を引き千切りながら身を揺 すった。
『‐退避!‐』
土蜘蛛 のように極端 な排熱機構 を持たない絡新婦 は主砲を連射できない。それ故 、次に絡新婦 が何をするか分かっているから怒号 のような指示が飛んだ。
身を下げた絡新婦 の歩脚 が動き急前進。小型の装甲車両並みの体躯 とそれを上回る重量は存在自体が凶器だ。
主砲の攻撃が生んだ垣楯 の間隙 に絡新婦 が突進。逃げ遅れた具足達 が弾 き飛ばされる。主砲で半壊していた柱を粉砕 しながら絡新婦 が身体を回転させた。たったそれだけの事で破壊が撒 き散らされる。複数の生体反応が消える。
『‐あっ……あ、あ……‐』
惨状 の僅 かに外で一人の具足 が立ち尽くしていた。
『‐構うな、俺が行く、楯 の再展開を優先しろ‐』
そいつを助けようと動いた具足達 に叫びながら走る。
通信に響 く恐怖の声。絡新婦 に向けられた銃から撃ち出された弾丸が厚い装甲に弾かれて軽すぎる音を立てた。
弾が尽きても引き金を引き続けている具足 に向けて絡新婦 が多銃身砲 の銃口を合わせる。
黒針 が打ち出される寸前、飛び込みながら具足 を掴 んで転がる。風切り音と共に左腕に奔 った痛みは無視。具足 を奥に放りながら立ち上がる。
一瞬視線を向ければ左の袖 が裂 け、その下の肉が僅 かに抉 られていた。強靭 な人形技術繊維 も絡新婦 相手では布切れに等 しい。
伸 びた針痕 を追えば、再展開された楯 によって被害は最小限で済んでいた。負傷した者を守りながら陣 が組み直され、楯 の向こうから大弓 が構えられる。
だが矢が放たれる前に絡新婦 が再び歩脚 を固定した。不味 い。此処で主砲を撃ち込まれれば陣 の大半が吹っ飛ぶ。
足元を強く蹴 って跳躍 し、横合いから全力で砲身を蹴 り上げる。全身に奔 る強烈な反動。微 かに揺 らいだ砲身から轟音 と共に射出された砲弾は、辛 うじて陣の上を通り過ぎ、遠くの天井を穿 った。
着地した瞬間、方針を蹴り上げた足に違和感。だが警告は表示されていないし、そもそも気にしている暇 もない。体勢を整 えた絡新婦 の八つの眼は今や全て俺に向いている。
即座 に疾走 を開始し多銃身砲 の射線を避 ける。射出された針が床を砕 く音を聞きながら構 う事なく前へ、地を這 うようにして絡新婦 に接近し最も手前にある歩脚 の一本、その関節部を跳び上がりながら斬り飛ばす。
噴 き出す循環液 を背に、柱を蹴 って軌道 を変えれば、俺を追って射出された針が柱を飾 った。それを横目に刀を逆手 に持ち換えながら絡新婦 の頭部に着地、振り下ろした刃 で硝子眼 を貫 き、振り落とされる前にすぐさま飛び降りる。
悲鳴のような金属音を上げながら後方に跳 んだ絡新婦 を追って駆 け出す。装甲と違い硝子眼 は修復できない。一つ潰 した程度では大した死角は生まれないが、俺一人分ならそれが生きる可能性はある。
近づいた俺に応じ身を下げる絡新婦 。突進の為に撓 められたその歩脚 に誘導矢 が突き立ち拘束糸 が繋 がる。
僅 かに動きの鈍 った絡新婦 が行動を変更。拘束糸 を引き千切ろうと後退を始める。
その隙を逃さず先程とは反対側の歩脚 を切断すると左右最前の歩脚 を失った絡新婦 の体勢が崩れた。
転倒を嫌った絡新婦 が循環液 をまき散らしながら上体を強引に持ち上げる。露 わになる腹部。最も装甲が薄いそこに向けて踏み込み、切っ先を叩き込む。多重装甲 に触れ、それを破 っていく抵抗が刀身から伝 わる。
絡新婦 は後方跳躍 しようとしたが、それを行う為には一度重心 を下げる必要があり、それでは核が貫 かれる事を理解したのだろう。ぎこちなく後退 り始めた。だが、それより速く刀身が多重装甲 を貫 いていく。
核 まであと少しという所で絡新婦 が砲身を動かした。冷却 が終わり再使用が可能になったのだろう。主砲を放った時の反動を利用して逃れるつもりだ。ここで仕留められなければ、絡新婦 は行動を変えるだろう。
俺が距離を詰める事を許さず。自らが優位となる間合いの外からの持久戦を開始する筈 だ。そうなってしまえばもう俺に倒す手段は無い。まして、坑道 の奥にでも逃げ込まれれば事態は長期化し、被害が増す。
それを避ける為にさらに踏み込んだにも関わらず。核を食い破ろうとしていた刀身の侵攻 が鈍った。核 の周囲には最も強固な層があるとは言え、これ程 の訳 がない。
力が逃げている?足にある違和感の所為か?
そんな考えが脳裏をよぎった瞬間、絡新婦 の砲身が動きを止めた。刀身はまだ装甲を貫 けない。
耳朶 を轟音 が打った。
小型の
立ち上がった
瞬間、上層から
それでも
「‐やはりこいつでは
その頭部に
柱の
視線だけを通し
『‐狙撃手は
通信に流れる指示。放たれた矢が
〘‐あなたは
並べられた
疾走の最中、前方斜め側面から聞こえるのは
舌打ちと共にそれを飛び越えると数メートル先に二体目の
『‐おおおおおおお‐』
通信に
そこでようやく俺の
噴き出す青い循環液。刀を抜きながら
表示されていた生体反応がまた一つ消える。
「くそっ」
通信にも安堵からくる
『‐こいつ、まだ主砲が生きて‐』
誰かが言い終わる前に
砲弾が突き刺さったのだろう壁面の破片が
『‐退避!‐』
身を下げた
主砲の攻撃が生んだ
『‐あっ……あ、あ……‐』
『‐構うな、俺が行く、
そいつを助けようと動いた
通信に
弾が尽きても引き金を引き続けている
一瞬視線を向ければ左の
だが矢が放たれる前に
足元を強く
着地した瞬間、方針を蹴り上げた足に違和感。だが警告は表示されていないし、そもそも気にしている
悲鳴のような金属音を上げながら後方に
近づいた俺に応じ身を下げる
その隙を逃さず先程とは反対側の
転倒を嫌った
俺が距離を詰める事を許さず。自らが優位となる間合いの外からの持久戦を開始する
それを避ける為にさらに踏み込んだにも関わらず。核を食い破ろうとしていた刀身の
力が逃げている?足にある違和感の所為か?
そんな考えが脳裏をよぎった瞬間、