2.ハローワールド
文字数 1,147文字
苦手な人混みのなかでは、いつも可憐なユウナの姿を思い浮かべている。
高音パートが得意な彼女の歌声は、その曲をさらに引き立てている。スウィートマンバという三人組の女性アイドルグループが、繁華街の交差点から見える電光広告塔で歌とダンスを披露していた。本日発売されたライブDVDの宣伝ツールだった。
出村 玲 はネクタイを結んだ首元を触りながら、信号が変わるのを待つ。二月も終わるというのに春が訪れる気配のない夜風と共に大音量で流れているユウナの歌声が、都会の喧騒にかき消されてしまいそうで、玲は必死にその音メロディーを拾っていく。
ユウナの存在は、玲にとってのすべてだ。
やがて信号が青に変わり、人々の作り出す波に流されるように玲は歩き出した。これまでの人生、ずっとこんな感じだ。教室という狭い世界でも、会社という小さな社会でも、流されながらも、決して馴染む事はない。
予約していたCDショップに着き、商品の購入と共にその特典も一緒に受け取る。ショップ内の一角でもスウィートマンバのCDやDVDが並べられていて、飾られたポスターではユウナが微笑んでいる。デビュー時に比べればショップ内でもいい扱いを受けるようになったと思う。俗に言う、売れるという事。それはすなわち、スウィートマンバ三人に魅了されている人間がそれだけいるという事だ。
受け取った商品と特典のポスターを抱えながら、玲はショップの外に出た。やたらと白かった室内に慣れた目は、外の暗さを認識する。二月の終わり、午後九時。凍り付くような空気が鼻先を冷やしていく。
今日も変わらず残業だったが、ショップが開いているうちに帰ろうと必死に仕事を片付けたせいで目の奥がじくじくと痛む。しかし、手の中にある宝物を思えば、胸の奥がそわそわと疼くように高鳴った。
駅に向かう交差点、電光広告塔では別のCMが流れていた。もう一度ユウナに会いたかったのに、と玲は思う。どんなにDVDやCDをコレクションしても、公共の場でユウナの声に触れられるのは嬉しい。
赤信号によって再び密集し始めた人々の中に、ふと目に留まる何かを見つけて、玲は視線を向けた。交差点の向こう側。
男女が二人、手を繋ぎながら楽しそうに歩いている。
「え……」
思わず玲は声を出していた。信号が青になったのに足が動かず、玲の後ろで信号待ちをしていた人々が玲に迷惑そうな視線を向けながら足早に去っていく。
どこにでもある光景なのに、目を奪われてしまったのは知っている顔だったからだ。
「絹川 さん……?」
女は、会社の同期である絹川優菜 だった。その隣にいる男についても知っている。森奥 透也 。玲とは別世界の人間だ。
玲は手に持っている荷物をぎゅっと抱えた。大事にしたかったポスターの端に、折れ目がついた。
高音パートが得意な彼女の歌声は、その曲をさらに引き立てている。スウィートマンバという三人組の女性アイドルグループが、繁華街の交差点から見える電光広告塔で歌とダンスを披露していた。本日発売されたライブDVDの宣伝ツールだった。
ユウナの存在は、玲にとってのすべてだ。
やがて信号が青に変わり、人々の作り出す波に流されるように玲は歩き出した。これまでの人生、ずっとこんな感じだ。教室という狭い世界でも、会社という小さな社会でも、流されながらも、決して馴染む事はない。
予約していたCDショップに着き、商品の購入と共にその特典も一緒に受け取る。ショップ内の一角でもスウィートマンバのCDやDVDが並べられていて、飾られたポスターではユウナが微笑んでいる。デビュー時に比べればショップ内でもいい扱いを受けるようになったと思う。俗に言う、売れるという事。それはすなわち、スウィートマンバ三人に魅了されている人間がそれだけいるという事だ。
受け取った商品と特典のポスターを抱えながら、玲はショップの外に出た。やたらと白かった室内に慣れた目は、外の暗さを認識する。二月の終わり、午後九時。凍り付くような空気が鼻先を冷やしていく。
今日も変わらず残業だったが、ショップが開いているうちに帰ろうと必死に仕事を片付けたせいで目の奥がじくじくと痛む。しかし、手の中にある宝物を思えば、胸の奥がそわそわと疼くように高鳴った。
駅に向かう交差点、電光広告塔では別のCMが流れていた。もう一度ユウナに会いたかったのに、と玲は思う。どんなにDVDやCDをコレクションしても、公共の場でユウナの声に触れられるのは嬉しい。
赤信号によって再び密集し始めた人々の中に、ふと目に留まる何かを見つけて、玲は視線を向けた。交差点の向こう側。
男女が二人、手を繋ぎながら楽しそうに歩いている。
「え……」
思わず玲は声を出していた。信号が青になったのに足が動かず、玲の後ろで信号待ちをしていた人々が玲に迷惑そうな視線を向けながら足早に去っていく。
どこにでもある光景なのに、目を奪われてしまったのは知っている顔だったからだ。
「
女は、会社の同期である絹川
玲は手に持っている荷物をぎゅっと抱えた。大事にしたかったポスターの端に、折れ目がついた。