第30話  エリゼ宮殿の晩餐会:2023年3月

文字数 1,228文字

(南山洋子が、大統領主催晩餐会に出席する)

2023年3月。フランス。パリ。
エリゼ宮殿の晩餐会は、大広間で開かれる。この大広間は、宮殿という名前に相応しい豪華絢爛な造りである。シャンデリアや調度品は、美術館の収納品のレベルで、カトラリー、食器、銀の燭台なども同じレベルを保っている。

今回メニューは、次であった。

海老のムース
仔羊のロティ
チーズ
サラダ
アイスクリーム

これでは、読者の参加した結婚式の披露宴のメニューの方が品数が多いと思うかもしれない。皿の数で、料理のグレードを判断するのは、日本料理の基準で、フランス料理では、皿の数が問題になることは少ない。料理のグレードは、一皿の料理の中身で決まる。ロティは簡単な調理法であるが、それだけに誤魔化しがきかない。晩餐会の人数が増えると、全ての人に、焼きたてのロティを提供することは容易ではない。フランス料理では、それを実現することが評価される。顧客は、料理の難しいポイントを理解して、その完成度を楽しむ。

洋子には、予想されたように、マダム・ルパンの近くの席が指定されていた。洋子は、マダム・ルパンの娘さんのことが、気になっていた。しかし、これは口外無用の案件である。こうした場合、気にしないようにすれば、するほど、そのテーマが頭から離れなくなるリスクがある。そこで、洋子は、一策を講ずることにした。
ジャクリーヌ・ルパンが口を開いた。
「洋子。今日は、遠路、パリまで来ていただいて、嬉しいわ」
「マダム・ルパン。晩餐会にご招待いただき、光栄です。ご推薦いただいたムッシュ・ルソーのコレクションは素晴らしかったです」
「このところ、ムッシュ・ルソーのコレクションは毎年、毎年、驚くほど進歩しているので、目が離せないわ」
と、ジャクリーヌは言って、目を細めてから、続けた。
「洋子。そのドレスはとてもお似合いよ」
「ありがとうございます」
洋子はお礼を言った。洋子は、ジャクリーヌが洋子の中に娘さんを見ているのだろうと想像した。そこで、続けて、一策を展開した。
「マダム・ルパン、お願いがあるんですけど」
「洋子のお願いって、何かしら」
ジャクリーヌは嬉しそうに聞いた。
「今日の晩餐会のご招待はとてもうれしかったです。まだ、いつになるか予定はありませんが、私の結婚式に、できたらマダム・ルパンに出席して頂きたいのです」
「まあ。嬉しい」
ジャクリーヌの目が、輝いた。
「日程が調整出来る限り出席しますから、結婚式の時には、是非、連絡をください」
「ええ。もちろんです」
洋子は、ほっとした。これで、ムッシュ・ルソーが期待していたように、不自然にならない範囲で、適度にジャクリーヌに甘えて、ジャクリーヌを喜ばせると言う難題がクリアできた。

こうして、洋子は、落ち着いて、晩餐会の料理を堪能することが出来た。料理は、味、香、温度、出されるタイミングが素晴らしかった。落ち着いて、周囲を見回すと、大広間は、300年前にタイムスリップたような素晴らしさだった。
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